逃げるし恥だし役立たず

男はつらいよ 噂の寅次郎の逃げるし恥だし役立たずのレビュー・感想・評価

男はつらいよ 噂の寅次郎(1978年製作の映画)
3.0
人生の機微を学ぶ車寅次郎が、夫と別居中の美女を好きになった事から、幼馴染を愛し続けた男の気持を知り奮闘する姿を描いたヒューマン・コメディ。人情喜劇『男はつらいよ』シリーズ第二十二作目。
亡父の墓参りに来たが、早合点で大喧嘩して旅に出た車寅次郎は、旅の途中、静岡県の大井川にかかる蓬莱橋で雲水(大滝秀治)に、女難の相があると見立てられ、失恋した小島瞳(泉ピン子)を慰める。更に木曽路を往くバスの中で、神社仏閣を巡る大学教授で博の父・諏訪飈一郎(志村喬)と再会し、久しぶりに酒を酌み交わす。諏訪飈一郎の思慮深い人生訓に、すっかり感化された車寅次郎は諏訪飈一郎から借りた「今昔物語」を片手に柴又へ戻ってくる。心を入れ換えようとした車寅次郎の前に、叔父夫婦だけでは人手が足りなくなった「とらや」が雇った店員の荒川早苗(大原麗子)が現れた。彼女が夫と別居中で離婚するつもりだと聞き、車寅次郎は再び恋の煩悩の炎を燃やすのだが、彼女の将来を親身になって心配する従兄の添田肇(室田日出男)が、昔から彼女に惚れていて…
米国映画『結婚しない女(1978年)』が同年注目されたのを受け、大原麗子演じるマドンナが夫と別居を経て離婚するという当時の風潮を反映した物語の展開に、第一作や第八作に続いて名優・志村喬が諏訪さくらの義父に扮したり、人気テレビ番組「テレビ3面記事 ウィークエンダー」で注目を浴びた泉ピン子が彩りを添える、シリーズ第二十二作目である。シリーズも此れだけ続くと普通にやっていたんでは面白みを感じなくなるのは当然で、結構色々と試行錯誤していたのだが、本作品では原点に立ち返り、定番中の定番の無難で手堅いストーリー展開に、最後は寅次郎が静かに身を引くと云う、真っ当で切ない恋愛物語に仕上げている。
シリーズ名物"寅次郎の夢話"の「南無観世音寅次郎尊」から始まる物語は、シリーズの中では地味な印象を受けるが、秋深い信州路の景色など要所での映像美に、志村喬や泉ピン子や室田日出男ら脇を固める豪華ゲスト陣の演技や、車寅次郎の周りで絡む人達との掛け合いの巧みさと、何気ないユーモアが面白く、そして何よりも、マドンナの大原麗子の儚げな美貌に可憐な表情が実に印象深く、見応えのある作品である。
ただ、シリーズのヒロインで一、二を争う美女である大原麗子が可憐なだけのお飾りに甘んじてしまい、ヒロインを補う泉ピン子の持ち味が、上手く活かしきれておらず、色々盛り沢山な物語の一方で、全体的に散漫になっており、今昔物語を元にした死生観は、人情喜劇では到底満足に消化しきれず中途半端で、テーマである「女性の幸福と自立」が、しがない団子屋で働いて、離婚して直ぐに幼馴染の従兄と結ばれると云うヒロイン像にも説得力はない。また、脚本の甘さからか、オチまで如何持っていくのかとハラハラさせる部分もある。三崎千恵子(車つね 役)の「大丈夫かい?そろそろなんじゃないかい?」なんて台詞は面白いのだが、唐突に芽生える大原麗子の不可思議な恋心に、寅次郎が身を引く終盤の性急な展開や、ラストの締めが泉ピン子ってのも納得がいかない。
大原麗子の実家は和菓子屋で、渡瀬恒彦と1973年に結婚して妊娠したが子宮外妊娠で胎児は死亡、1978年2月13日に離婚する。本作品は彼との離婚直後の作品と云う事になる。其の後は森進一と1980年に再婚して、妊娠したが仕事を優先して堕胎、1984年に破局する。晩年は2009年に死後三日目に発見される孤独死だった。今となっては、相当ブラックであり、深い内容を持った作品でもある。
「美人も死ねば骸骨だ!」なんて説かれても、大原麗子の男心を擽る湿った甘い声で「寅さん好き」なんて言われたら…まぁ、惚れるわな(笑)