逃げるし恥だし役立たず

ザ・ウォールの逃げるし恥だし役立たずのレビュー・感想・評価

ザ・ウォール(2017年製作の映画)
4.0
イラク戦争時に実在して三十七人のアメリカ兵を殺害したイラク軍のスナイパー通称"ジューバ"と、彼に命を狙われた、若き米兵との心理戦と頭脳戦を描く、ダグ・リーマン監督による戦争サバイバルスリラー。
2007年、イラクの荒廃した村、米軍の狙撃兵のアレン・アイザック軍曹(アーロン・テイラー=ジョンソン)とシェイン・マシューズ二等軍曹(ジョン・シナ)は、瓦礫の中に残る大きな壁に潜む敵を狙っていたが、五時間全く動きがないため、マシューズが様子を見るために壁に近づいたところ、想定外の場所から銃撃されてしまう。マシューズが倒れ、援護に向かったアイザックも負傷しながら、なんとか壁の背後に退避したものの、身動きが取れなくなってしまう。其の時、仲間を名乗る謎の男から無線が入り、その声に微かな訛りを聞き分けたアイザックは違和感を覚え、男の正体を確認しようとするが…
『[リミット](2010年)』や『フォーン・ブース(2002年)』と同じく、ユニークなアイデアにシチュエーション一発勝負的なワン・シチュエーション・スリラーであり、声だけの敵スナイパーも含めて主要な登場人物が三人のみで、全編通してほぼアーロン・テイラー=ジョンソン(アレン・アイザック軍曹)の一人芝居にも関わらず、惹き込まれていく展開の牽引力は見事で、極限状態での緊張感と絶望的な描写は、観客をも戦場に巻き込むような映像的な迫力と細部の説得力がある。壁を隔てて狙撃手同士が対峙する、頭脳戦や心理戦とも云える静かな闘いは、地味であるが臨場感が強く終始ハラハラする事は間違いない。
砂漠の真ん中で、物理的に動けないワン・シチュエーションという状況設定は出だしから好調で、劇中に姿を見せることのないスナイパー"ジューバ"の圧倒的な存在感に、得体の知れない敵の声に翻弄される孤独な主人公の恐怖感が程良く出ており、張り巡らされた数々の伏線に、会話劇であり心理戦のサスペンスも斬新で見応えがある。ダグ・リーマン監督の的確な演出が魅力的なのは勿論だが、此の手のワンスチュエーションスリラーを撮る時に疎かになりがちな背景は、吹き荒れる砂交じりの風の中で、荒廃した砂漠地帯に転がる死体、虚しく聳え立つ小壁と云った、乾き切った世界が確実にフィルムに定着している。
軍用水筒や通信機器や下肢静脈を狙撃した意図や、アイザックとマシューズが此処に来た理由、敵スナイパー"ジューバ"が妙に話し掛けてくる意味、真相を知って最後の戦い挑むラストシーケンスから衝撃のラスト、此のストーリー展開は唯一無二であり、なかなか良く出来た映画である。半ば食傷気味の冷戦後の米国戦争映画を、此処まで面白く作れる事には大変感激した。現在このような傑作でも何でもない"普通"に面白い映画に出会える喜びは事の他大きい。柔軟で闊達であり奇異を衒ったところが無いのが驚異的で、理解に困難を生じる箇所が一つも無いという語りの手際の良さは大したものであり、却って解り易す過ぎると不満を覚えるくらいである。
観る者を選ぶ映画だが適度に気が利いており、もっと多くの人に見てもらいたいのだが…