逃げるし恥だし役立たず

キネマの神様の逃げるし恥だし役立たずのレビュー・感想・評価

キネマの神様(2021年製作の映画)
3.5
ひたすらに映画を愛して“映画の神様”を信じ続ける男の人生と、彼を取り巻く人々との時代を超えた愛や友情、家族の物語を描いた人間ドラマ。松竹映画の百周年を記念した作品で、人気作家・原田マハの同名小説を山田洋次監督が映画化。
映画監督を目指して、出水宏監督(リリー・フランキー)の助監督として撮影現場で働く若き日のゴウ・円山郷直(菅田将暉)は、スター女優の桂園子(北川景子)を身近に感じながら、撮影所近くの食堂「ふな喜」の娘・淑子(永野芽郁)や仲間の映写技師のテラシン・寺林新太郎(野田洋次郎)と共に夢を語らい、青春の日々を駆け抜けていた。しかし、初監督作「キネマの神様」の撮影初日に転落事故で大きなケガを負い、作品は幻となってしまう。大きな挫折を味わったゴウ・円山郷直は夢を追うことを諦めてしまい、撮影所を辞めて田舎へと帰っていった。それから約五十年、今やギャンブル漬けで借金まみれのゴウ・円山郷直(沢田研二)は、妻の円山淑子(宮本信子)と娘の円山歩(寺島しのぶ)にも見放されたダメ親父となってしまう。そんな中、幻となったゴウ・円山郷直の初監督作品の脚本を読んだ孫の円山勇太(前田旺志郎)は、その内容に感銘を受け、脚本賞に挑戦することを提案する。ゴウ・円山郷直は、自身の作品と向き合いながら、映画への愛を再確認していく…
松竹の映画製作百年の歴史の節目として、潤沢な予算と豪華なキャストを揃えた華々しいプロジェクトは、2020年3月にクランクインするが、半分程を撮り終えた後、主演の志村けんが新型コロナ感染症で急逝したため、急遽代わりに沢田研二をたてる。2020年4月には新型コロナの影響で長期の撮影中断も余儀なくされる等、幾多の試練を乗り越えて完成へと漕ぎ着ける。"映画作りの映画"は、非常事態宣言により大打撃を受けた映画界にとって、映画の素晴らしさを観客に届けると云う、意義深い取組みとなる。
フランク・キャプラの『素晴らしき哉、人生!(1946年)』、バスター・キートンの『キートンの探偵学入門(1924年)』、ウディ・アレンの『カイロの紫のバラ(1985年)』、清水宏やチャールズ・チャップリンと云った、過去の映画人や作品へのオマージュが散りばめられているのも魅力の一つだが、科白中心に語られてしまい案外表層的、一方で小津安二郎の『東京物語(1953年)』へのオマージュは執拗い程なのだが、底浅感が否めず中途半端である。映画用に創作された昭和パートと、原作の設定を或る程度継承している現代パートで物語が構成されているが、かつて山田洋次監督自身が体験した半世紀以上前の撮影所風景は魅力的に描けても、原作のファンタジーとコロナ禍の現状を描いた現代パートは目を覆いたくなる位の酷さである。其の上、過去と現代の間のエピソードがなく、昭和パートのエピソードばかりが続くのだから、全体的に物語の繋がりが弱くバランスが悪くなり、映画として焦点が絞り切れず散漫になっている。菅田将暉と野田洋次郎が劇中に批判する古臭い映画其の物であり、映像技法に意匠を凝らす気がなく、ドラマはベタでお決まりの展開で、役者其々の芝居も紋切り型のキャラクターを一般的な手法で演じているに過ぎず、山田洋次監督は良く言えば正統派で実直なのだが、御年八十九歳にもなれば良くも悪くも伝統芸能の如く、今時の派手な映像表現に慣らされた目には物足りない真っ当な演出に、生真面目に語って見せる映画は、何れ程の価値があるのだろうか。
ただ、各役者の演技はとてもよく、昭和の女優としての北川景子の抜群の存在感(原節子ではなく近視だから岩下志麻がモデルだろうか?)に、菅田将暉と野田洋次郎は演技で意図的に寄せてきたのか、素のままの演技の菅田将暉→志村けんに寄せた沢田研二に、役者の良さがあまり判らない野田洋次郎→通常運転の小林稔侍に、其々が時代を経て漠然と繋がって見えるは不思議なものである。逆に青春時代の清廉とした永野芽郁→ 清掃パートで疲れ果てた宮本信子の全く繋がってない切なさには、映画ではあまり語られないかったゴウ・円山郷直との苦労や時の流れの重さや深さに感慨も生まれてくる。
惚れられた男の夢である映画館の名前「テアトル銀幕」など忘れ去り面接に行く宮本信子、履歴書にある惚れた女の名前に雑談するまで気付かない小林稔侍、故志村けんに憑依されてか舞台芝居の台詞回しの演技に「東村山音頭」を歌う沢田研二、褒め称えられる内容でもない授賞式の挨拶文を涙ながらに代読した寺島しのぶ、役が役なら悪くない役者達が、昭和クラシカルにノスタルジーを喚起された山田洋次監督の懐古趣味のメガホンで、酷い演出にどっぷり浸かっている事自体が悲喜劇であり、此れはコロナか? コロナのせいなのか?
先ず第一にゴウ・円山郷直の考えた脚本自体が全く面白くないなど、言いたいことが山ほどある映画…だが此れだけはハッキリと言っておきたい!小林稔侍は確実にカツラだ!