一人旅

ワールド・アパートの一人旅のレビュー・感想・評価

ワールド・アパート(1987年製作の映画)
5.0
第41回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ。
クリス・メンゲス監督作。

1963年の南アフリカを舞台に、反アパルトヘイト活動家の両親と13歳の長女・モリーを待ち受ける苦難と家族の絆を描いたドラマ。

リチャード・アッテンボローの『遠い夜明け』、フィリップ・ノイスの『輝く夜明けに向かって』、クリント・イーストウッドの『インビクタス/負けざる者たち』など、アパルトヘイトを題材にした作品は今まで数多く製作されてきた。本作は比較的マイナーだが、1948年に始まり1994年に撤廃された南アフリカのアパルトヘイトをリアルタイムで糾弾した内容になっていて、その社会的意義はとてつもなく大きい。本作がカンヌで賞を受賞したというのも、南アフリカの人種差別制度に対する映画界からの抗議の意味合いが強いはずだ。

白人と有色人種を隔離するアパルトヘイト政策の実態を、13歳の少女・モリーの目を通して暴き出す。市街地で白人の乗った車が黒人を轢いても、周囲の白人は道端に倒れた黒人を誰も助けようとしない。モリーの友人の母親も「関わりたくないの」と呟き、何事もなかったかのようにその場から立ち去ってしまう。反アパルトヘイト活動家が集まるパーティに突然乗り込んでくる公安警察。「黒人にアルコールを提供するのは禁止だ」と言い放ち、強制的に連行する。まるで、“動物にエサを与えないでください”感覚。しかもそうした有色人種の人権を認めない人種差別が公に制度化されているというのが何とも悲しい。そして、白人居住区の恵まれた環境とは明らかに異なる黒人居住区の過酷な現実。白人の家は門構えのしっかりした豪邸で、しかもプール付き。一方、黒人はボロ小屋が密集した居住区に押し込められ、食べ物も満足に確保できず、鶏の脚が丸ごと入った不味そうなスープを大勢で取り囲んで食べる。

差別制度の被害者は黒人だけではない。反アパルトヘイト活動家であるモリーの母・ダイアナは白人であるにも関わらず公安警察に拘留される。90日間拘留されようやく釈放されたかと思ったら、拘留所から出た瞬間に再拘留され連れ戻される。また、反アパルトヘイト活動家の両親を持つ長女・モリーをも悲しみと孤独が襲う。“反逆者の親を持つ子ども”というレッテルを貼られ、仲が良かった友人とも次第に疎遠になっていく。仲を取り戻したくて友人宅を訪ねた際、帰宅してきた友人の父親に「何しにきたんだ!」と怒鳴られ追い返されるシーンが残酷でいたたまれない。アパルトヘイトは、それに反対するあらゆる年代、人種の人々を悲しみと絶望のどん底に突き落とす。

そうした中、「アフリカよ、起て!」を合言葉に一致団結して立ち向かっていく黒人と白人活動家のエネルギーに圧倒される。画面遠くから迫りくる軍用車と、画面手前で体制に抗議する丸腰の黒人が同時に映し出される映像は圧巻の力強さで、両者の支配・被支配の関係を端的に表現した映像として秀逸だ。

そして、役者の演技がぐうの音も出ないほど素晴らしい。特に、モリーの母・ダイアナを演じたバーバラ・ハーシーの演技は格別。毅然とした態度と確固たる正義と信念を印象付ける演技を魅せる。アパルトヘイトに対する怒りだけでなく、娘に対する愛情すらも表に出さず押し殺す姿が真に迫る。心の内に秘める強さをこれほどまでに強く感じさせる演技にはなかなか出会えない。ちなみに、バーバラ・ハーシーは本作の抑えた演技でカンヌの女優賞を、モリー役のジョディ・メイ、家政婦・エルシー役のリンダ・ムブシとともにトリプル受賞している。
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