なたそ

少年は残酷な弓を射るのなたそのネタバレレビュー・内容・結末

少年は残酷な弓を射る(2011年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

「ケヴィンが来るまで、ママは幸せだった」

母に悪魔のような憎悪を向ける息子を持った女性を通して、親子の愛とは何かを問う。


反抗期の息子と母の話くらいに思っていたらとんでもないホラーでびっくりした。
「子ガチャ」という表現は良くないが、事実そういったものはあるだろう。本作では、子ガチャでいわば最悪のSSRを引いたエヴァが体験する悪夢の数々が描かれる。

時系列がシャッフルしており、徐々にエヴァの身に何が起こったのかが分かるような作りになっている。序盤からエヴァは不当な扱いを甘んじて受けている。そしてその原因はどうやら彼女の息子にあるらしいということが示される。この開示の塩梅が絶妙で、最後まで飽きずに驚きがあった。

ティルダ・スウィントンとエズラ・ミラーの人間離れして美しいビジュアルをはじめとし、画は芸術品のように洗練されている。だが、なぜかものすごい嫌悪感や忌避感を抱かされる。決定的なものは決して映さない、暗喩を多用した表現方法でここまでグロテスクにできるのかと感激した。

潰れたトマト、ジャム、赤いペンキ(このほかにも血を彷彿とさせる「赤」の表現が多用される)、12:00〜12:01への移り変わり(妊娠の原因となった夫との行為の不可逆性の演出?)、体育館でひとり弓を射るケヴィン、妹のモルモットが行方になった後に詰まるディスペンサー、ケヴィンが妹の隣でカラフルなシリアルを潰し続ける、妹の目の失明の後にライチを汚く食するetc……。

終盤まではケヴィンの悪意があり得そうなギリギリのラインなのも恐ろしい。子どもを望んでいなかったエヴァが過剰に受け取っているだけにも思えるのだ。
特に幼少期においては、オムツが取れなかったり悪戯が過ぎたり母親にだけ懐かなかったり。発達障害や相性の問題なのかとも思わされてしまう。
成長後も、はたから見れば思春期の息子と母親の関係性としてものすごく逸脱したものには見えない。だからこそエヴァの違和感は見過ごされてしまい、最悪の結末に繋がっていく。この家庭の閉鎖性と、親はどんな時も子どもを愛するべきという神話の恐ろしさを本作は真っ向から突きつけてくる。

だが、本作は母と子の断絶を描いて終わりではない。夫や娘を含めた大量殺人を犯した息子のせいでエヴァは全てを失い、どん底の日々を過ごしている。それでも彼女は息子を見捨てず、彼のための部屋を整え、少年院に面会に行き続ける。
ケヴィンの悪意の発露は少なからず、彼の生来の性質のみならず、エヴァが彼を望んでいなかったことに起因するのかもしれない。
子どもは敏感に親の本心を感じ取る。エヴァに愛して欲しかったという思いが、数々の問題行為を引き起こす。いわば、試し行為だったのかもしれない。だがエヴァはそれを見事乗り越えてみせた。それが本作のラストに繋がるのではないかと私は思う。

ラストシーン、少年院の面会室にて、エヴァはなぜあんなことをしたのかとケヴィンに問う。それに対するケヴィンの答えはこうだ。
「わかっているつもりだった。でも今は違う」
エヴァは立ち上がり彼を抱きしめる。ケヴィンもまた素直に母に抱かれる。彼の表情はそれまでの悪意満載のゾッとするものとは違い、年相応に不安げな様子であった。

ケヴィンは自分の犯した罪によって、母が自分を見捨てるであろうと思っていた。そうすることでエヴァに母親失格の烙印を押し、彼女を完全に憎むことができた。だがエヴァはそうしなかった。だからこそ、罪を犯した理由がわからなくなったのではないかと私は考える。

なお、タイトルの「少年は残酷な弓を射る」はネタバレじゃないかと批判の声もあるようだが、私は好き。耽美な印象で作品の雰囲気にもハマっているように思うので。

<あらすじ>
寂れた街の旅行代理店でやっと職にありついたエヴァは何かに酷く疲労している。家や車に赤いペンキをかけられたり、街で会った女性や職場の同僚男性からひどい言葉を投げかけられたり、家にゴミを投げ入れられたり過去に大きな問題を抱えているようである。だがエヴァはそれらをじっと耐える。
エヴァの現在と回想を交互に挟みながら、一体何があったのかが徐々に明らかになる。
冒険作家をしていたエヴァは妊娠を機にそのキャリアを捨てることになる。夫との生活は幸せなものではあったが、生まれた息子ケヴィンが自分に全く懐かず、問題行動を繰り返すことに追い詰められていく。妹セリアが生まれた後もケヴィンとの関係は変わらない。ケヴィンは夫フランクリンの前では普通の少年であり、夫はエヴァの捉え方の問題だと言う。成長したケヴィンの悪意はますます増大し、エヴァに自慰を見せつけたり、彼女が自分の部屋を探すことを見込んでMDにウィルスを仕込んだりと異様なレベルになっていく。さらには妹のモルモットを殺したり、事故に見せかけ(おそらくアーチェリーの弓で)妹の目を失明させる。そして遂に、自身の通う高校でアーチェリーの弓を使って無差別殺人を犯し、さらには妹と父まで殺害する。全ては母を苦しめるためだ。
エヴァは絶望するも、ケヴィンを見捨てず彼への面会を続ける。ケヴィンはそんな母を見て、自分が罪を犯した理由を迷うようになるのだった。
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    なたそ

    なたそ

    ホラーが好き 動物がかわいそうなことにならないホラーはもっと好き