マチュー

からっ風野郎のマチューのレビュー・感想・評価

からっ風野郎(1960年製作の映画)
4.5
最近の僕は三島の本ばかり読んでいるので、何を血迷ったかこの映画を観てしまった。

・三島が大根
・三島が痛々しい
・そこそこ良い作品なのに三島のせいで…
などなど、前評判はさんざんだった。
ネット上には、ただただ三島を嗤うために書かれたようなレビューも散見される。
しかしそもそも僕はヘタクソな俳優を嘲笑うためにわざわざ映画を観るほどみじめな人生を送っているわけじゃないので、この作品にも興味はなかった。

「増村保造×あやや」という黄金コンビの映画であるにもかかわらず、「よせばいいのに映画にしゃしゃり出た三島の迷演技がみられる珍作」みたいな扱いなので、そんなら別に観ねーわ!と思っていたわけです。

三島が出た他の映画は、過去に観たことがある。
三島が自分で監督した『憂国』と五社英雄監督の『人斬り』だ。

『憂国』は原作の「憂国」が好きなので観たのだが、あまり感心しなくて、切腹が痛そうという印象しかない。能舞台みたいな抽象的なシチュエーションで生と死の極限の瞬間を描いた無声映画だが、あんまりピンと来ない。
しかしとにかく血みどろの切腹が凄まじい。
自ら腹部に刃を突き刺して横一文字に切り裂くのがどれほどおそろしく、苦痛に満ちた行為であるのかまざまざと見せてくれる。
小説の描写も凄まじいけれども、やはり腹に突き刺さった刀が柔らかい肉を裂いてひたすら硬く金属的にギラリと光るその下で、間欠的に血潮が噴き出し、ぬめぬめしたハラワタがとぐろを巻いているさまを実際にみると、ゾッとする。
アレをあのあと実際にやったなんてね……。

とはいえ、あらかじめ小説に書き、映画で演じて十分に予想していたはずの痛みとおぞましさを、思想とナルシシズムが上回ったところに、三島の割腹事件のすごさがある。
「それでも死ぬときは腹を切る」と決め、実際にハラワタがはみ出るほど深く切ったところに、三島由紀夫という作家のすごさがある。

で、『人斬り』は……。
まあ正直、そもそも映画としてそんなに面白くなかった。倍賞美津子の凄まじい色気と、顔面蒼白でカッと目を見開いた武市半平太役の仲代達矢が素晴らしかったくらいで。
この映画で三島は薩摩の人斬り新兵衛を演じていて、殺陣はあんまり上手くないが(腰が入ってなくて手で斬ってる感じだ)それでもやっぱり切腹のシーンは迫力があった。

要するに俳優・三島由紀夫の印象は真に迫った切腹を演じるヤツという感じだったわけですね。


ところで、『からっ風野郎』の三島は、聞いていたほど悪くなかった。
むしろ良いんじゃないかと思った。

もちろん名優だとは思わない。
たとえば全編とおして体に力が入りすぎていて、ひょうひょうと自然体な物腰で演じる船越英二なんかと一緒にいると見劣りがする。
あるいは、若尾文子の肩を「まあいいじゃねえか」とかなんとかいうシーンで軽く叩くときなんか、大車輪みたいに腕をオーゲサに回してバーンと叩く。
あややは痛かったんじゃないかと思う。
また、あややにやり込められた三島がひっくり返って開き直り、「おめえみたいな女は初めてだぁ!」とかなんとか棒読み全開で叫ぶところは、思わず舌打ちが漏れそうになる。だせーぞ、ミシマ!
そしてまた、瓶ビールをコップに注ぐときの手つきがいくらなんでもおかしい。いったい何をどうしたらそんな持ち方になるのか、サッパリわからない。

しかし、全編を通して「三島由紀夫」を感じさせないところはエライと思う。
三島が演じるのは、軽薄で無計画でアホなヤクザの二代目親分。
義理人情に厚いわけじゃなく、親分の貫禄はなく、ドスで正面から斬り合うでもない。
卑怯未練なふるまいでチョコマカして、何とかうまい具合に遊んで生きていこうと考えている小心で姑息なヤクザだ。

おそらく三島が理想としていたヒーロー像とはかけ離れた人物だっただろうが(三島は鶴田浩二の任侠映画を好んでいたらしい)それでも誠実にその役を生きている。
ホントにどーしよーもない社会のダニとしてのチンピラヤクザにしか見えない。

観る前は、ストーリーもまったく知らずポスターもあんな感じだから、俺カッコイイだろ的なナルシ全開の映画と思っていたが、三島は「俺が俺が」じゃなくてわりときちんと映画に俳優として取り組んでいたんだと見直すところがあった。

それに、撃たれっぷりと死にっぷりが良い。
三島親分は神山繁が演じる喘息持ちの刺客に狙われ、1回目は手を撃たれただけでからくも逃れる。
このときは車の影から撃ち返そうと顔を出したときに手を撃たれてひっくり返るが、倒れ方のキレが良い。

そして2回目に撃たれるのはラストシーン。
駅直結のデパートみたいなところで、若尾文子とのあいだに生まれてくる赤ん坊のために産着か何かを買ってやったところで、大団円に水をさすために忍び寄ってきた繁に、背後からズドンとやられてエスカレーターに転がり落ちる。

のぼりのエスカレーターで手すりにしがみつきつつ足をカクカクもつれさせ、下に逃れようとするが、何しろのぼりのエスカレーターなので宙に止まったままふざけたダンスを踊っているかのようで、しかし顔面には見るもおそろしい死相が浮き、ついに力尽きて倒れると大の字の死体がグーンとのぼって、野次馬が見守るなかで死に顔がアップになって「終」!
表情は真に迫っていたし、滑稽と悲愴を絶妙にブレンドした見事な演技だった。
しかしまあ、このあたりは監督のセンスだよな。
やっぱり増村保造はエライよな!

というわけで、名匠と名優たちのアンサンブルのなかで三島もそこそこきちんと頑張り、面白い映画に仕上がっていたと思います。
90分とちょっと僕は楽しかったですし、『憂国』や『人斬り』よりも好きです。
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