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アダプション/ある母と娘の記録のnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.9
 工場勤務の未亡人カタ(ベレク・カティ)は43歳で、いつも軽作業中の冴えない表情が印象的だ。大工の娘である彼女は腕にもしっかりと筋肉が付くほど鍛えているのだが、人生の折り返し地点手前で急に子供を身篭りたいと考える。現代なら可能な歳とも思えなくもないが、健康診査をすると身体のどこにも異常は見られず、医者は大丈夫ですと言う。これは75年の世界線ではなかなか考えられぬことではないか。自分の人生も今ようやく折り返し地点を迎え、身体はどこも悪くない。突然母性が芽生え、人生を子供の成長と共に歩みたいと考える。だがその突飛な考えはズブズブの不倫関係にある既婚者の愛人ヨーシュカ(なんと『いとこ同志』のサボー・ラースローではないか!!)は一向に聞き入れない。ここでも恋愛の非対称性が子供を有する者と持たざる者のバランスを歪にする。ヨーシュカはカタと会いたい時に会える関係だが、彼女が会いたい時にも家族のことがあれば会えない。彼は妻との間に、息子と娘の2人を抱えている。

 今作では孤独な未亡人のカタがひょんなことから寄宿学校で生活するアンナ(ヴィーグ・ジェンジェヴェール)と出会い、彼女の面倒を見ることになる。ハンガリーの寄宿学校の生徒の大半は親がいない子供か、何らかの悪さをしたり親との関係が著しく悪化し、親が育児放棄した生徒が預けられる。アンナも正に両親のネグレクトに遭い、カタのもう1つある部屋を彼氏のシャニ(フリード・ペーテル)との愛の巣に使わせてくれないかと彼女に頼み込むのだ。もう少しこの辺りの女性的な連帯にフォーカスし、じっくりと緊密に描写すべきなのだろうが、いきなり寄宿学校と繋がる展開はやや唐突過ぎるきらいもあるものの、2人の女同士の年齢差を超えた奇妙な連帯が始まる。カタはアンナの親代わりとなり、何かと世話を焼くものの、アンナは家族はわからないと養子縁組を拒み続ける。一方のアンナもカタの相手方に都合の良い不倫の関係を清算し、次に進んで欲しいと考えていて、時折口を出す。それが若さゆえの忠告なのかわからぬが、日々の疲れの中でヨーシュカに縛られたカタもまた新しい家族の形へ一歩踏みだす。

 4K修復された今作の映像は正直言ってどこがと言いたくなるほど荒涼とした愛の不毛を猥雑とした陰影で描き出す。子供を欲しがるカタに対し、根負けしたヨーシュカは自分の子供と暮らしぶりを見せるために自分の家に愛人を招き入れる、という心底とち狂ったサイテーな行動に出るのだが、ここで彼女は女は家で子供だけ育ててろと言うような極めて家父長制的な男の強さに女が従属する姿を目撃し、絶望する。いやいや、あんたもそんな奥さんに対してあんたの旦那と泥沼の不倫関係にあるのを忘れたのかと思うのだが、ここでも2人の女性の奇妙な連帯は女を縛り付けていた当時の「家」というものに波紋を投げ掛けるのだ。今なら是枝裕和がやりそうな先進的な家族像(家族解体)をテーマにした作品は時代の数歩先を行き、女性初ハンガリー初のベルリン国際映画祭金熊賞に輝いた作品だが、正直言ってメロドラマ的な起承転結に時折混じるいわゆる文科省推薦の児童映画的な雰囲気が今観るとこれで良かったのかという気もする。それなりに75年の時代は感じつつも、ベルギーのシャンタル・アケルマンに続き、ハンガリーにもほとんど同時代を生きたフェミニストのメーサーロシュ・マールタがいたという事実にいやはや、大変驚いた。
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