アナザウェイを配信している動画配信サービス

『アナザウェイ』の
動画配信サービス情報をご紹介!視聴する方法はある?

アナザウェイ
動画配信は2026年4月時点の情報です。最新の配信状況は各サイトにてご確認ください。
本ページには動画配信サービスのプロモーションが含まれています。
目次

アナザウェイが配信されているサービス一覧

『アナザウェイ』が配信されているサービスは見つかりませんでした。

アナザウェイが配信されていないサービス一覧

Prime Video
U-NEXT
DMM TV
FOD
TELASA
Lemino
ABEMA
Hulu
Netflix
WOWOWオンデマンド
アニメタイムズ
Roadstead
J:COM STREAM
TSUTAYA DISCAS

『アナザウェイ』に投稿された感想・評価

[ハンガリー、"口にできる真実には限界がある"のか] 80点

1982年カンヌ映画祭コンペティション部門選出作品。マック・カーロイ長編19作目。ガルゴーツィ・エルジェーベトによる半自伝的中編小説『Törvényen belül』の映画化作品。同性愛を肯定的に描いた最初のハンガリー映画。1961年以降、同性愛は訴追されなくなっていたらしいが、タブー視されるテーマではあったため、映画界は長らく題材とすることを拒んできた。主演の二人がポーランド人なのもハンガリー人女優がスクリーン上でキスをするのを躊躇うだろうと考えたからだったらしい。当時のハンガリーで露骨な検閲は稀だったものの、完成品を観た当局から難癖を付けられたらしいが、カンヌ映画祭の選考委員会は興味を示し(既に四度カンヌ映画祭のコンペに選出されていた)、ノーカット版が上映され、ヤドヴィガ・ヤンコフスカ=チェシラクがポーランド人として初めて女優賞を受賞した。物語はハンガリー動乱が終息し、ナジ・イムレの裁判が行われている1958年に始まる。情熱的で意志の強いジャーナリストのエーヴァは、妥協を許さない性格故に失業中だったが、その正義感に惹かれた編集長の推薦もあって、実に二年ぶりに仕事にありつけた。そこで彼女は同じ事務室を使うリーヴィアと出会う。彼女には軍人の夫がいたものの、エーヴァの魅力に惹きつけられていく。エレベーターや事務室などの狭い空間以外の衆人環境で互いの視線が届かないのが印象的だ。コンパクトの鏡や部屋の窓を通してエーヴァを見つめるのは、リーヴィアが自分の感情に向き合うことに戸惑っているからだろう。農場のダンスホールのシーンでは、エーヴァの視線を無視して倒れそうになるまで踊りまくる。まるで自分が異性愛者であることを確かめるかのように。

また、当時は50年代を描く際はラーコシ・マーチャーシュの独裁時代を批判的に描く作品は多かったため、本作品がナジ・イムレ裁判に言及し、カーダール・ヤーノシュ政権を批判的に描いたことも画期的だったようだ。エーヴァは取材で地方の村へ向かい、そこでアストリア事件を調査する。当局が有力地主を監禁し、無理やり集団農場を作った事実を突き止めるが、それを記事にしても掲載は出来ない。編集長はそんなエーヴァを優しく守ろうとする。記事について文句を言いに来た当局の男と対峙するシーンは、かなり直接的にカーダール政権を批判している。いつまでも嘘をばらまいて民衆を騙せるわけがない。そうやって真実を遠ざけ続けたら、ゴマ擦りの腰抜けばかり残ってしまう。そんな連中にまた国を破壊されるために1956年を耐えたわけじゃない、と。寧ろこっちの方がメインなんじゃないか。

監督はレズビアンを描くことに主眼を置いているわけではなさそうで、政府に禁じられた思想を持つ虐げられた人々として象徴的に登場させているにすぎないのだろう。ただ、それにしては描写は搾取的なそれから程遠く、丁寧に描かれている。その根底に、虐げられた者への共感があるからなのだろう。特におそらく他の多くのレズビアンたちも隠れて利用していたであろう、あの真っ赤なバーの印象的な優しい存在感は忘れがたい。鏡を通して見る控えめな目線が、社会から隔絶された彼女たちの立ち位置を強調している。
レズの話だが、時代と国家的な背景があるんだろうなとは思わされる。亡命すれば違ってたの?

取り敢えずヤバい寝不足で寝ると思ったが後半に設定のぶっ飛び具合が露呈して一気に目覚めた。軍人の夫に駆け引きは嫌だとレズぶっちゃけちゃうとか、その夫も夫でお前しかいないんだと女々しく耐えれず撃っちゃう。

あと大佐の取調べもむしろ男女の差で女性同士を美化してるんだろうなと映った。どう誘うんだ?から指に話が行く下世話さ。それに対してウェイトレスのやった誘い方さえ美しいという。
3.8
奇しくも、「ケレル」と同じ年の作品。
暗いが陰惨ではなかった。ハンガリーは日本と同じ、姓だ先で名前が後なのです。蒙古斑もあるみたい。閑話休題。
双葉十三郎先生は「僕の採点表」でヒロインをエヴァちゃんといい、揶揄していらした。長澤節先生は「大胆なラヴシーンがあるがその冷たい映像に全く猥褻感がなかった」と高く評価、ベストテンに入れてました。
映画館で観ました。観終わってトイレに行ったら、若い女性が隣の友人に「何よ、ノーマルだと言ったから」と怒ったように言ってました。
やはり、同性愛はノーマルでないのか。
四十年たった。大分人の認識は変わったとは思えど、まだ道は遠いのかしら。