ろく

ストレンジャー・ザン・パラダイスのろくのレビュー・感想・評価

4.3
比較級である。

strangeにerがついて「より奇妙」。うん、パラダイスより奇妙な映画なんだよ。

そもそもこの映画はダメな男とダメな女の恋愛映画だ。ジョン・ル―リーはハンガリーからの移民だけどギャンブル中毒の屑だし、いとこのエスター・バリントは自分の気持ちを表明できないメンヘラだ。

お互い好きなはずなのにうまくいかない。ジョン・ル―リーはエスターに服までプレゼントするけど、その服が冬なのに夏物ってダメっぷり。それを街頭のごみ箱に捨てるエスターに「そりゃそうなるよね」とわかりみが止まりません。

その後1年も会わなかったり、また会いに行ったり、フロリダ行くはずなのに途中でギャンブルして負けたりお金がなかったりもう屑なんですよ。なんでこんなに自分の意見が言えないんでしょうねって気持ちになる。

でも「意見が言えない」のはおまえらだからな。そうジャームッシュはニヤリと笑う。結局「パラダイス」なんてないんだよ。だからお互いいつもすれ違って(最後なんか思いっきりすれ違ってソファーに深く腰かける)うまくいかない。それは「当たり前」なんだ。そうそう上手くいくことなんてないんだよ。

ジャームッシュの映画得意のブラックアウトはなんなんだろう。あれは「上手く」行こうとするけど結局いけない逡巡じゃないか。あのときこうしていれば。こうアプローチすれば。それはみんな考えることなんだ。でもね、結局しないんだよ。妄想だけは膨らむけど(あのブラックアウトはその妄想だ)結果当たり前の行動をとる。

僕らは相手に「入り込めない」。だからこの題名は比較級ではなく「stranger」(他人)なんだ(strangeの比較でないと強引に読む)。その相手とうまくコミュニケーションできない情景がなんとも素晴らしい。

冒頭エスターが「独りで」スーツケースを持ちながらニューヨークを歩く姿を観よ。海岸で二人とも(友だち入れれば3人)喋らないで途方に暮れている姿を観よ。手持ちぶたさで海岸のベンチで一人座っているエスターを観よ。空港で飛んでいってしまった飛行機を途方に暮れて観ているジョン・ル―リーを観よ。最後ソファーに座りこむしかないエスターを観よ。

人と付き合いたい人間が人と付き合えないことを自覚することからこの映画は始まる。


※ハンガリーの移民であることはこの映画の味付けに一役買っている。ニューヨークは移民の街だ。人が多くいるけどその人たちと「仲良く」するのは自分が能動的でなければいけない。そしてそれは意外と骨が折れるものなんだ。

※どのシーンも好きなのでついついこの映画を美的に観たくなってしまう。特に砂浜で途方に暮れているシーンはなんとも言えない。ジャームッシュの映画はどのシーンでも切り取って飾ってあげたい感じがする。

※後で知ったがstrangerには「不慣れな人」という意味もあるそうだ。ある意味付き合うのが下手なこの主人公たちには一番良い訳かもしれない。
ろく

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