モノクロで描かれる物語で、その特性を把握しつくしてここまで美しい映像に仕上げてる作品があるだろうか。
それは有名な安寿が湖に身を投じるシーンは勿論のこと、ラストの海や、森の中、ふとした風景の切り取り方が卓越しているということ。
古典芸能として演じられ、森鴎外が小説にし、こうやって溝口健二監督によって映像作品にされる。
形を変え、いにしえから語り継がれてきたのには理由があるような気がしてならない。
それは、人間というものの強欲さ、身勝手さ、業の深さは、太古の昔から、そして現代まで変わらないのだということを示唆しているようで。
「人間はな、我が身の世過(よす)ぎに関わりがなければ、人の幸せ、不幸せには、ひとかけらの同情心なんて持たぬ。残酷なものだ。この濁った世の中で、自分の心を曲げずに生きていこうと思えば、御仏の救いに縋るしかないのだ」
… これは厨子王が逃げこんだ寺で言われる言葉。
そのまま、現在の世の中にも十分通用してしまう。
久しぶりに観てみたが、いろいろ考えさせられる…、静かな余韻が止まらない作品。