たく

歓喜に向ってのたくのレビュー・感想・評価

歓喜に向って(1950年製作の映画)
3.8
綺麗ごとではない夫婦の赤裸々な結婚生活を描くイングマル・ベルイマン監督1950年作品で、争いの絶えない夫婦が最終的に互いを受け入れる姿に、前年に撮られた同監督の「渇望」と共通するテーマを感じた。本作はベートーヴェンの楽曲を中心としたオーケストラの本格的な演奏シーンがかなり長めに挿入されてて、最後にちゃんと音楽が表現するテーマと映画の内容が重なるところが見事だった。指揮者役のヴィクトル・シェーストレムはスウェーデン映画の父と呼ばれてるらしく、ベルイマン監督の「野いちご」の大学教授を演じてるんだね。

冒頭に流れるベートーヴェン交響曲第9番の第四楽章で、長めに演奏される中間部のフガートからいよいよ「歓喜の歌」に入る直前で訃報を知らせる電話が入るのが何とも皮肉。ここから団員のスティグとマリアの7年前の馴れ初めから波乱に満ちた結婚生活を描いていく展開となる。互いに新人楽団員同士で最初から結ばれることが決まっていたかのような仲睦まじい二人が、結婚してやがてスティグの卑屈で独りよがりな性格が顕著になり、新婚時の「お互い嘘は言わない」という誓いが仇となるような感じで言い争いが絶えなくなっていく。

スティグが一楽団員であることに満足できず、半ば強引にソリストとしてデビューするくだりで、演目のメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲第二楽章でスティグが一瞬ピッチを外す瞬間、指揮者とマルタがハッとした気まずい表情を浮かべるところに冷や汗をかく。これは人前での演奏経験がある人なら誰でも共感できると思うけど、自分もたまに夢で本番演奏を失敗する悪夢を見ることがある。ここからやさぐれたスティグがいつのまにか浮気してて、浮気相手の若きネリーと親子ほど年の離れた夫が、ネリーの浮気をあえて放置してる感じが何とも不気味。

愛する妻の死という悲劇をベートーヴェンの歓喜の歌で締めくくるところに、まさに「苦しみから歓喜へ」というベートーヴェンの音楽に共通するテーマが刻印されてるのが見事。ここでスティグがマリアと共にした時間を回想するフラッシュバックがジーンと泣けた。ベートーヴェンの第九が使われる作品は「時計仕掛けのオレンジ」「ノスタルジア」「エヴァンゲリオン」(新劇Q、TV24話)など多数あれど、本作ほど作品内容が音楽のテーマに合致したものは他にないように思える。
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