一人旅

マイ・ネーム・イズ・ジョーの一人旅のレビュー・感想・評価

5.0
ケン・ローチ監督作。

グラスゴーに暮らすアルコール依存症の中年男性・ジョーが、ある日ソーシャルワーカーの女性・セーラと出会い、全うな人生を歩もうと努力していく姿を描いたドラマ。

ケン・ローチらしく社会の底辺に生きる人間の現実を真摯に見つめた作品で、“アルコール依存症患者の再生と挫折+中年男女の愛と苦悩”をテーマにしている。

主人公のジョーはアルコールが原因で過去に罪を犯しており、現在は断酒会に通いながらアルコールを断つ日々を送る。仕事はなく、唯一の生きがいは地元弱小サッカークラブの監督を務めることだ。そんなある日、甥のリアムを訪ねたソーシャルワーカーのセーラと出会い、恋に落ちる。順調に愛を育むジョーとセーラだったが、リアムとその妻・サビーナが関わるトラブルに巻き込まれ、二人の関係に亀裂が生じていく...というのが大まかなあらすじ。

決して現実を綺麗事として安易に片付けない。スパイク・リーが黒人がいつまでたっても貧困と暴力に汚染されたハーレムから抜け出せない現実を描いてきたように、ケン・ローチはイギリスのプアホワイトが非情な現実からなかなか抜け出すことのできない事実を鋭く描く。

ジョーとセーラは社会的に対照的な立場にある。アルコール依存と貧困に喘ぐジョーに対し、セーラは立派な職業に就き、収入もあり、車まで持っている。セーラの愛がジョーを暗い現実から救い出す役割を果たしていくが、ジョーを取り巻く現実は、必死になって前向きに生きようとするジョーを決して逃がさない。後ろ足を掴むように現実はジョーを引き戻し、セーラと出会う以前の心身ともにズタボロの状態に戻そうとするのだ。

一度社会の底辺に身を置いた人間がそこから抜け出すことの難しさを、アルコール依存・貧困・麻薬・暴力といった人間社会に蔓延る種々の問題を絡めて描き出す。陰鬱としたストーリーにどうしても暗い気持ちになってしまう。本作で描かれる現実は決して優しくないが、男女間の純粋な愛情を、人に前を向かせるための唯一の希望として描いている。その部分に、人間に寄り添った目線で描くケン・ローチ監督の、必死に生きる弱者に対する優しさが表れているように思う。

そして、主演のピーター・ミュランの演技が最高に秀逸で、現実と愛の狭間で苦悩する繊細な演技を魅せる(本作の演技でカンヌの男優賞を受賞)。ピーター・ミュランに負けず劣らずセーラ役のルイーズ・グッドールの演技も印象的で、ジョーを信じるがゆえ怒りに震える姿が真に迫っている。
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