映画漬廃人伊波興一

ハハハの映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

ハハハ(2010年製作の映画)
4.0
観ている私たちの予見さえ規約に従属させないホン・サンスの野心の貫徹ぶりに、思わずため息がもれてしまいます

ホン・サンス
「ハハハ」

「ハハハ」の作家ホン・サンスは21世紀のコリアンムービーの旗手たち、パク・チャヌク(「オールド・ボーイ」)、ナ・ホンジン(「コクソン哭声」)、ポン・ジュノ(「殺人の追憶」)、あるいは昨年末に夭折したキム・キドク(「嘆きのピエタ」)らがそうであるように、劇中人物誰もが複雑な心理や関係を結んだりほどいたりさせるうちに、何かを約束してくれそうな気配を漂わせながらも、特権的な物語を背負うに相応しい相貌の持ち主が現れたり、ひとりではとても背負いきれない枷(かせ)を抱えた傍系の人物がいきなり鮮烈の自死をとげることであらゆる循環を断ち切ってしまうような起伏で以て私たちを驚かせてくれるわけではありません。

ある時は小さなカフェで、あるいは寺院にて、あるいは港町が眺望できる高台の住まいにて、若い映画監督と詩人、そして彼らを取り巻く母親を含めた女性たちの、夜となく昼とない出会いと別れの淡い恋愛エピソードが、主人公の映画監督とその先輩との間で酌み交わされる酒談義として綴られていくばかりで、他を排するように差異が炸裂する瞬間など映画の中に一切装填されておりません。

ですがその事が一時日本でも社会現象となったヨン様主演の韓国ドラマに依拠したような弛緩しきった仕上がりなっているわけでは勿論ない。

実際、何もかもが他愛のない、犬も食わぬような痴話喧嘩の渦中で、主要なキャラクター全てを平等に物語の虜にしてしまうなんて現在のコリアンムービーの世界では極めて挑発的な行為だと思うのです。

前世紀末に遠い国フィンランドからアキ・カウリスマキの「マッチ工場の少女」が突然現れた時にも似た、ワクワクするような戸惑いが、この擬声語そのままの、いかにも人を食ったタイトルからだけでも窺えてきます。
「ハハハ」に登場する5人の主要な男女たちは、同じ時代の風をまともに受けている筈なのに、群像としての情景が一切回避され、いつでも交換可能な組み合わせの中で、それぞれが悩みを抱えたまま、私たちの視界を極めて滑稽に右往左往していきます。
観ている私たちの予見の規約に従えば、いくらでも誘発できそうな(驚愕やペシミズム)がある筈なのに。
そんな規約に従属させないホン・サンスの野心の貫徹ぶりに、思わずため息がもれてしまいそうです。

この新しい韓国映画に出会えた喜びを一言で表すならば、劇中で幾度となく使われるアクセントワード(건배乾杯)であるのは言うまでもありません。