しゅう

攻撃のしゅうのネタバレレビュー・内容・結末

攻撃(1956年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

ザ・シネマにて字幕版を鑑賞。

第一次世界大戦末期のヨーロッパ戦線が舞台の戦争映画だが、戦闘描写自体は「ハクソー・リッジ」を観た後では牧歌的にすら感じられる。

だが、この映画の醍醐味はその間に繰り広げられる男達の人間ドラマにあって、元は舞台劇だけに緊迫した台詞の応酬には唸らされる。

特に出色なのは、その無能さと卑劣さ故に部隊を危機に陥れるクーニー大尉の人物造形。

彼は、幼い頃から地元の有力者である父親に「強い男」である事を強要され、その意向で男性性の極致である軍人(州兵)になる。

だが、30歳にして父親が望むような「強い男」にはなれない事を悟り、以後は強い人間の腰巾着として振る舞う事で自分の「男性性」の欠如を糊塗してきた。

それでも、平和な時代・場所であれば少々厄介な奴ぐらいで済まされた筈が、偶々州兵までが最前線に駆り出される大戦に巡り合ったばかりに、自分の身の丈を遥かに超えた責任に押し潰されて、ひたすら保身に走らざるを得なくなる。

彼の臆病さから友軍の多くの兵士が命を失ったのは事実だが、非人間的な戦場において勇敢さを貫く鉄血の男コスタ中尉よりも、人間的な弱さを抑えきれないクーニー大尉の方に、平和な時代のヤワな男としてはシンパシーを感じた。
しゅう

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