三平

人魚伝説の三平のネタバレレビュー・内容・結末

人魚伝説(1984年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

人魚伝説(1984)(R15)
監督…池田敏晴、原作…宮沢一彦
1人の女による荒々しくも悲しい、生と死と愛の復讐譚。4回目視聴にしてようやく全てのシーンを直視し、少し見えてきたものもありました

以下感想
まず私は、主人公みぎわ、その夫啓介の幼馴染とされる祥平という人物の捉え方を勘違いしていました。
祥平はカメラが趣味のような描写があり、壁にかけられた写真は全て海と海女の写真でした。このことから祥平は海に思い入れがあったと考えられる。しかし、最初の方で祥平は啓介に「漁師やめて歌手にならんか」と問いかけており…。

祥平の家庭環境を思い返してみると「母も(みぎわと同じ)海女であり黒い顔をしていたが密漁の嫌疑をかけられそのまま死んだ」とあり、これはおそらく盗っ人扱いされた故の自死だと思うんですよね。みぎわの服を似合ってると褒めたのは、おそらく祥平の亡き母の服だからで、無意識に重ねていたのかもしれない。あと4回目にして気づいたのは宮本父(祥平の父)、左手薬指に指輪をしている…単に息子思いなだけな父と思ってたんですが、死んだ妻を未だに想う故にか指輪外せないのかなと思い。それならあのちょっと違和感覚えた膝枕にすごく納得がいきました。愛を求めてる子供のような…?祥平に対して優しいのも亡き妻の忘れ形見だから…?下手すると父子揃って祥平母を死に追いやった漁師たちやこの集落自体に複雑な感情もってたりとか(そもそも金持ちの宮本父なら女よりどりみどりだろうに海女の母という組み合わせからして)

さらに祥平がみぎわにスリーパーホールドかましたシーン、その前に父に忠告されてた上にあれ直前にビール瓶3本あけてるんですよね。つまり、このままではみぎわは殺される、だから自分が殺して啓介のところに送ってやったほうがみぎわにとって幸せなのでないかと考えて酒の力を借りてやったのではないでしょうか。しかし、みぎわの顔を見た瞬間に首から手を離した祥平。
冒頭、酔った啓介を家に送る途中祥平は「小さい頃からいまだに勝てん 酒でも女でも」と述べていた。つまり祥平にとって啓介もみぎわも大事な存在であったからこそみぎわを殺そうとし、ただし惚れた女だったからこそ殺せなかったと取れる

祥平はみぎわに生きていてほしいと思ったんでしょうね だから情事の後に「2人で逃げないか」と持ちかけたわけです 全てを忘れて一緒にならないか と。しかしそれを断るみぎわ 彼女は祥平の自分に対する想いを知った上で、それでも夫への愛ゆえに夫殺しの犯人を突き止めようとするわけです 
次の日、みぎわは純白の百合を持ってあちこち死者送りのために火を燃やしてる島を歩きますが、これは彼女の、死んでもなお夫を想い続ける清廉潔白の象徴なのかなと思いました。

売春宿の下宿大家…のぶさんの過去を旦那さんが語ってましたが、のぶさんもまた戦争で夫を亡くし、夫の親友と一緒になった方でした。あの老夫婦はみぎわと祥平のあったかもしれない未来の姿でもあったわけで…けれどもみぎわはその道を選ばなかった。「アワビ取るしか能がない」というように、この地で漁師・海女をして育ってきた人間にとっては、他の生き方など出来ないんだと思います。冒頭で啓介が「ハマチの養殖で失敗し海の底まで汚された 元の海に戻すのに何年かかったと思ってる」と述べた通り、養殖の失敗にしろレジャーランドにしろ原発にしろ、海でしか生きられない者達にとっての生きる道を奪う存在なわけで…

祥平との情事は、みぎわを必死に現実に繋ぎ止めてる感じがしました。

殺して啓介の元へ送ってあげる方がみぎわにとっての幸福だと思う気持ちと、母が死んでるからこそこれ以上自分が愛する人間に死んでほしくないと思う気持ちのふたつ
ふるさとの海を愛するカメラマンとしての祥平と、宮本のぼんとして自分を捨て役目を全うしなければいけない祥平

贖罪…
みぎわはふんどしヤーさんに「みぎわ殺害は宮本の息子に頼まれた」と言われてましたが、多分あれ嘘だと思うんですよ。だから、結果として悲しいすれ違いになりみぎわは祥平殺してしまうわけで しかし受け入れてしまうんですよね あの刺した後のみぎわと祥平の間の無言の間、ちょっと長いなーと思ったんですがなんか色んな感情があらわれてそうな

生前の啓介に「俺が死んだらどうする?」と聞かれた時酒飲みじゃない男と再婚すると答えたところ啓介からは「毎晩化けて出るからな」と返ってきたみぎわ。うちが死んだら?と聞いたところ「お前は殺しても死なん」と返ってくる。啓介があまりにも悪夢を見るから、じゃあ自分が爆発した船が沈んでないか自分が潜って確かめると漁じゃない日に海へと駆り出してしまうみぎわ。結果として啓介が殺されてしまったので、自分が船を出して確かめようと言わなければ…という自責の念にずっと苦しめられていたのでしょう。ちなみに、人魚の日本における伝説を調べたところ「人魚を殺した後、その村では海鳴りや大地震が起こった」という伝承もありまして おそらくこれを作中の「地蔵が黒い汗をかくと嵐を引き起こしてくれる」とからめてたんだろうな

白い着物での野辺送りのシーン やたらと喪服の未亡人が多いのは、やはり海のものは死にやすいからなのかなと思ったり。原発建設予定地では、地蔵も壊されてる、漁師小屋も全て潰されてました。冒頭でもご老人が述べたとおり、漁師や海女の数も減り彼らの未来が閉ざされてることの象徴なのかなと思ったり。夫も、これから生きる場所も何もかも失ったみぎわは最期、人がいなくなった世界 で1人たちますが、あれは黄泉への入り口みたいなものなのかなと思いました。

よく考えたら、風立ちぬやポニョのエンディングだけでなく、紅の豚とかぶる描写もあるので宮崎駿監督は知ってそうな気がする。あと、映画に出てきた洞窟が高橋留美子の人魚の森シリーズの洞窟に構図似てたりするので、結構クリエイターなどには影響はあったんじゃないかなと思いました。
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