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インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌のatsukiのレビュー・感想・評価

4.2
【負け犬を通し、猫から人生を学ぶ】

まず伝えたいのは、一回では到底理解しがたい映画だ。音楽の歌詞ワンフレーズや出てくる物ひとつひとつやギリシャ神話を背景に見事にシンクロする物語と登場人物の関係性。膨大な伏線を読み取り、回収するには複数回の鑑賞が必要である。
多分書こうと思えば、無限に書けるほどの深みのある作品なのだが、今回はひとつの象徴的な存在である「猫」を取り上げて、名言と共にこの映画が伝える人生を考えたい。

【猫】
ペットとして人気だった犬を超す勢いで年々飼育数が増加していって、遂には犬を越したのかな?人気の高い動物だ。ペットと言ったがこんな名言がある。

「犬を飼うことはできる。だが猫の場合は、猫が人を飼う。なぜなら猫は人を、役に立つ家畜だと思っているからだ」

人間ならひとつやふたつ夢を持っているものだ。大きかれ、小さかれ、種類も人様々である。この主人公も音楽という、ひとつの夢を持っている。けれどお金もないし、才能も少しはあるけど天才ではない。けれど音楽が好きで人生の生き方を模索している。そんな中で夢を叶えたいという一心が、大きすぎる夢とプライドを捨てられないという状況を作ってしまった。この主人公は決して妥協しないのだ。自分が自分の状況は一番分かっているはずなのに、曲げることはしない。これこそ、上の名言に繋がる。

犬と猫=夢としよう。
主人公が最初飼っていたのは犬。お手やお座りができ、言う事の聞く賢い犬だ。時が経ち、一人暮らしを始めた。犬は実家に置いてきた。一人暮らしを始めた彼は、寂しくなり今度は犬ではなく、猫を飼う事にした。彼は犬と同じ様にお手やお座りがやって欲しく試してみたがさっぱりやらない。何故主人公は犬から猫に変えたか?
何故犬の様な夢から猫の様な夢になったか?上に書いたが主人公は夢に飲まれたのだ。自らが飼い始めた夢にいつの日か自分が夢に飼われてしまっていたのだ。(この段落の話はたとえ話です)
ここでまた1つ名言を紹介したい。

「猫は絶対的な正直さを持っている。人は様々な理由で、本当の感情を押し隠すだろう。でも猫はそんな事はしない」

正に主人公だ。日が当たらない生活を送り、ダメな事しか起きない毎日。そこに妥協しないということがさらなる悪循環を生む。さっきも言ったが、自分のことなど十分承知しているのだ。けれども夢がプライドが捨てきれない。またその捨てきれない夢やプライドが見えを張ってしまう。もうダメだという辛さや苦しさの様な感情を押し殺し、「大丈夫さ」や「心配ない」や「任せといて」などと言ってしまう。辛い時は辛いと言っていいはずなのに、苦しい時は苦しいと言っていいはずなのに、捨てきれないというものがそれらの感情を隠してしまう。まただからこそ劇中で旅をした後、現実がまじまじと突きつけられ、主人公は変化してしまう。

妥協しないのが悪いのか?
妥協すればいいのか?
ここでも2つ名言を紹介したい。

「猫はどこに座れば我々が不便になるか、その正確な場所を数学的に計算できる」

「犬があなたの膝に乗るのは、あなたが好きだから。でも猫が同じことをしても、それはあなたの膝の方が温かいからだ」

猫を見ていると自由生きる事が正しいのではないかと思わされる。それに猫の自由とは単なる自由ではない。自分がどうあるべきか?どうすればいいのか?自分に有益となる様に計算をし、媚を売るのだ。例えば、なんでパソコンを使っていたら急にキーボードの上に座るのか?何故膝の上に来るのか?何故我々の足を掴み、目を見て訴えかけてくるのか?猫は妥協しているのだ。その時に決して自分が人間より下だとは思っていない。自分が自由でいられる為に妥協するのだ。確かにそれは正しい生き方だ。

では何かのテストがあるとしよう。合格ラインは7割。テスト日と範囲が発表されたが、与えられた勉強期間では到底終わらない膨大な量であった。そうした場合に、最初からやっていく方法と全体を見て、ヤマを張る方法とではどちらが合格率が高いだろうか?最初からやる方法ではテストの表面は正解率は高いだろう。けれども裏面は悲惨な事になるはずだ。一方ヤマを張る方法では、前者ほど表面が完璧とは言えないが、ヤマを張ったが為に全体的に正解率が高く、こちらの方が合格の確率は高いのではないだろうか?

ヤマを張る方法こそが猫なのだ。人生を全体的に見て、自由の為に自分に有益な行動を取っていく。確かに主人公の様なスタート地点に立ち、描いた夢があるゴールまで目の前の事、目の前の事をやり、決して妥協はしないで最初からやっていくのももちろんいい。でも夢を叶えるにはどちらが賢いだろうか…

劇中で負け犬であった主人公が一週間で猫と触れ合い、旅をした末に起きるラストはどう生きていくことを決めたのか?哀愁漂う主人公を見てどう思うか?是非見て欲しい。素晴らしい俳優陣やコーエン兄弟の脚本と音楽。全編が暗く、曇った様な明度から「負」のイメージを強く受ける。けれども感じるメッセージは「正」正直あまり知らない作品であったが、ふとであった良作であった。
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