KAJI77

ノスタルジアのKAJI77のレビュー・感想・評価

ノスタルジア(1983年製作の映画)
4.0
海辺に車が停まっている。
ミディアムブラウンのラクティスだ。
運転席に座っている女性はドアを無邪気に開けっぱなしにしていて、ショートのデニムパンツからやけに白い脚を投げ出している。
彼女は少しウェーブしたセミロングの茶髪を無造作に揺らしながら、普段読んでなどいないであろう綺麗なままの小説をパラパラとめくっている。
ドリンクホルダーにはうたた寝するSサイズのコーヒー。ダッシュボードでは食べかけのスニッカーズが今にも息を引き取ろうとしている。

ラジオからはインコグニートの"Marrakech"だとか、TLCの"No Scrubs"だとかが流れていた。この夕景の悲哀を宥めるに相応しいメロウな選曲で、実に僕好みだ。
サングラスに反射する憂いを秘めた色、光、小さな砂浜に迷い込んだ潮風の優しさ、寝床を探す水面のガラス細工、朽ちた木製のベンチが手すりに若い頃の面影を残している。

そうやって何もかもが互いを死の妖艶さに誘い合って、完璧に釣り合いが取れた美しい世界。
その空間に彼女がいて、僕が彼女の存在を羨んで、調和を乱さぬべくバランスを取りあっていた。




人にはそれぞれノスタルジアがあって、書きたい詩があって、旅があって、理想的な終わりがある。

最期に旅をするなら、僕にとっての目的地は、若き彼女が居たあの夕刻の砂浜なんだと思う。
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