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ドレミファ娘の血は騒ぐのKaitoのレビュー・感想・評価

ドレミファ娘の血は騒ぐ(1985年製作の映画)
3.3
Amazon primeにて見放題作品として配信されていたため、鑑賞。今日から少しの間黒沢清監督の作品を重点的に鑑賞していこうと思う。古い順に鑑賞しようと思うのでまずは1985年製作公開のこの作品から。主人公の女の子は年上の男に惹かれて彼が通っている大学のキャンパスへ。しかしそこは彼女が想像していたような場所ではなく、そこに通う目当ての男もその雰囲気に染まっていた。彼女は失望し帰ろうとするが、彼が所属していた心理学のゼミの教授に引き留められ、彼が研究している「恥じらい」についての実証実験の被験者にさせられ…という話。正直、ストーリーについては考察できるほどに理解出来なかったので(考えるな、感じろのようなタイプのストーリーなのかなと思ったという面もあるが)今回は映像や見せ方、演出について主に語っていこうと思う。まずは見せ方について。印象に残っているのは主人公が大学内を歩いている時の撮影の仕方。人物とカメラを同時に動かし、その2つの物の間にまた別のものを瞬間的に写すといったような撮影方法は1985年製作の映画にしては斬新で画期的だと感じた。演出について記憶に残っているのは時々出てくる細々と知的な内容を記した看板を持ちながらカメラに向かって知的なセリフを長々と話すシーンや、教授と知的な討論をしたりするシーンである。知的な内容が書かれた看板がたくさん出てきたのも大学らしさを象徴しており、前述のシーンもそれに含まれると感じた。大学という場所のいい意味でのカオスさを良く表現できていると感じた。カメラのズームの仕方などの細部にもこだわりが感じられた。この映画が良い映画であるかどうかということについては私は今は判断しかねる。しかしながら私はこの映画を見てこの作品は革新的かつ実験的な作品であるというふうに感じたという事実は書いておこうと思う。
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