MasaichiYaguchi

鑑定士と顔のない依頼人のMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

鑑定士と顔のない依頼人(2013年製作の映画)
3.8
「ニュー・シネマ・パラダイス」の巨匠ジュゼッペ・トルナトーレ監督による本作は主演のジェフリー・ラッシュの名演もあり、この監督らしい作品世界に浸った。
この映画ではヨーロッパの芸術、特に女性肖像の名画が重要なモチーフになっている。
ジェフリー・ラッシュ演じるヴァージル・オールドマンは一流の美術鑑定士であり、世界中のオークションで活躍する競売人。
彼は早くに両親を亡くし、結婚もせず、仕事関係以外では親しい者もなく、天涯孤独の人。
そんな彼の孤独を癒すのは、自分が仕切るオークションで、裏で手を組んでいる相棒ビリーによって格安で手に入れた数々の女性肖像画。
そんな彼の所に掛かってきた若い女性・クレア・イベットソンからの鑑定依頼の電話が彼の人生を変えていく。
彼女からの依頼は一年前に亡くなった両親の遺品である家具や絵画を鑑定して欲しいとの内容だったが、彼女は鑑定にも立会わず、契約の取り交わしにも姿を現さない。
彼女は電話でしか話をしないし、やっと近付けたと思っても隠し部屋のある壁越しでの遣り取りがやっとという有様。
私はこの作品で、再度のパニック発作への不安感から人が多数いる場所や家から離れた場所へ行くことに恐怖感を覚え、外出困難になる「広場恐怖症」というパニック障害を初めて知った。
私達観客は、この隠し部屋にいる謎めいた彼女の「正体」が知りたくて、スクリーンを注視している訳だが、その「姿」がだんだん分かっていく終盤で劇的な「転換」が起こる。
それは「ポジ」から「ネガ」に転換してしまったくらい衝撃的だ。
映画の冒頭からトルナトーレ監督は、随所に伏線を張っていて、それが終盤の「転換」を境に、この作品が描きたかった本当の「隠し部屋の住人」の人生を鮮やかに浮かび上がらせていく。
美術品につきものの贋作と真作、世の中に溢れる嘘と真実、その狭間で揺れ動く主人公の姿を、ヨーロッパ芸術を背景に知的ミステリー仕立てで描いた本作品、エンドクレジット後も余韻が深く残る。