このレビューはネタバレを含みます
情報を盗み出す産業スパイであった、コブは標的“サイトー”に対する任務に失敗したが、標的であった彼から依頼を受ける。
大企業の後継息子であるロバートに父の会社を潰されるために、夢の中で情報を与え、意識を変えさせろとの任務だ。
前代未聞のその任務コードには、名が付けられていた。“インセプション”と───。
クリストファー・ノーラン作品。
細かいこと分かんないけど、「困難な依頼→最強チームづくり→作戦立案→トライ!」と王道な進行なので、なにを考えずともワクワク観られます。
アクションも素敵です。
例のごとく、細かい世界観や設定の解説は他の方の素敵なブログなどがあるので、行いません。
夢という概念は、人類の古来よりの一つの大きなテーマであったように感じます。ある歌手は「夢ならばどれほどよかったでしょう」と歌い、別の人は「あなたに逢えるまで眠り続けたい」と続けました。
インセプションのテーマも夢ではありますが、本作では作中進行していた任務と平行して、コブとモルの話が繰り返し続けられていました。
「夢の中で愛する人とずっと一緒にいたい」という純粋な願いを叶えた世界を「虚無」と作中で示していたのが印象的です。終盤にもコブはモルに対して「完璧なのな欠点もある複雑なモルだったら」と言いますが、この発言は夢と相対する「現実」に対する言及のように聞こえます。
ところで、夢、Dreamは日本語でも英語でも、睡眠中の"あれ"を表すと同時に、私たちが希い実現させたい物事という意味を持ちます。
後者の意味の夢に対して、私たちは「完璧な世界」を思いますが、本作はその世界を「死ぬことでしか抜け出せない」とし、あたかもディストピアのようにも感じることさえできます。
そして、そこから抜け出す手段をコブは「アドリブ」であるとアリアドネへ教え、実際に任務はアドリブの連続によって、達成されました。
計画通りではないアドリブによって、完璧で寂しい世界を打ち破り、任務を遂行したコブは子どもたちと再会します。
その際に机で揺れながら回り続けるトーテム、それは夢と現実を区別するアイテムですが、コブは胸の中で打ち震える再会の歓びを優先し、トーテムの動きの終点を確認しません。
アドリブによって成し遂げられた再会、それが、成長を続け、愛ゆえに完璧に見えるものの不完全極まりない「子供たちとの」再会であったことから、このラストシーンからは「トーテムを確認するまでもない。これが現実だ」というようなメッセージを感じ、胸を打たれました。
勿論、SF的な世界観や設定に関心して止まない作品ではありますが、本作からは人々がアドリブで生きる、完璧でないゆえに複雑なこの世界への愛に溢れた作品であるように感じました。
ド派手なアクションや任務のスリルに興奮しながらも、視聴者に対して「完璧な夢の世界と現実」についてのテーマを深く考えさせるような脚本となっています。以前、私は「メメント」のレビューで、この監督の作品には「感情を差し込む余白がない」と書きましたが、本作は素晴らしかった。
完璧だが、欠点のある、複雑な世界で、仲間たちと繋がり合い、日々をアドリブに生き、歓びに従う。
そんな人間世界への讃美歌のようにも響く、本作「インセプション」を私は愛します。