ベルベー

プリズナーズのベルベーのネタバレレビュー・内容・結末

プリズナーズ(2013年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

娘を誘拐された父親。疑わしき人物はそこにいるが、証拠はない。そうこうしている内に娘は助からなくなるかもしれない。だから、呑気に証拠集めをしてる場合ではない。まずこの男に罰を与えて吐かせるのだ。でもそんなことが許されるの?許されると思ってるの?という…こんな映画撮るんじゃないよヴィルヌーヴ!お腹痛くなるわ!笑

愛する娘がいなくなる、そのことに同情しない人はいないだろう。幸せそうな家族の様子を、お転婆で可愛らしい娘の姿を冒頭で見せられているのだから余計に。でも、本作の主人公の常軌を逸した行動に共感できる人は…いない。むしろどうやったって共感しないように作られている。ケリーがアレックスを拷問しているその裏で、ロキ刑事が真犯人らしき別の人物を追う様も展開されているのだから。殴られすぎて原型をとどめてないアレックスの顔もショッキングで、これ以上殴ると死んでしまうと判断するや、熱湯責めを考案してしまう親父に恐怖と怒りを覚えるのが当然でしょう。

だからアレックスは無罪で真犯人は別にいて、父親は焦燥感から無実の人を殺してしまうのだ。そんな無慈悲な結末が想像される。ところが、この物語そうはならないのである。ケリーの予想は近からずとも遠からずで、アレックスは確かに犯行に関わっていた。別路線で操作していたロキよりも先に、ケリーは真犯人に辿りいてしまうのだ。

しかし、ここから先がまた複雑。息子の死で悪魔と化していたお婆さんを追い詰めたまでは良いものの、呆気なく逆転され埋められてしまうケリー。結局娘を助けたのはロキ刑事。成る程、娘への愛情と正義感は素晴らしかった、でも道を誤ってしまったケリーは、自分だけは最愛の娘に会えないという罰を受けるのだな。そう思うでしょう今度こそ。ところが、この物語のラストシーンは…。

…普通に観たら、全然楽しくない!笑 終始陰鬱だし、えげつないし、娘が助かったというのに全然すっきりしない。おまけに上映時間2時間30分。勘弁して下さい、俺が何をしたっていうんですか!って気持ちになる笑 まったくもって万人に受けない作品なのです。

でも作品の質はメチャクチャ高い。複雑なストーリーからは、「灼熱の魂」を筆頭にヴィルヌーヴ作品に共通した「宗教」と「自然」、「愛情」と「憎しみ」というテーマが浮かんでくる。解釈は難しいし、実際ヴィルヌーヴの他作品と比べても解釈の分かれる作品ではあるが、とにかく考えさせられる作品なのです。

ケリーとロキ、そして犯人たちの行動や名前から宗教が関わってくるのは間違いないでしょう。でも、自分のように詳しくない人が「ここはこうなんじゃないか」と読み取れるレベルにはないと思う笑 ケリーがアレックスに拷問を加える際、毎回祈りを捧げているのが印象的。娘を喪う危機に瀕しても、自らは鬼と化しながらも信仰を忘れなかった男と、息子が亡くなって信仰への叛逆者となった夫婦。彼らが対照的に描かれていることは分かる。で、ロキが異教の象徴で…それ以上のことは正直よく分からないです。こういうことだ!と言い切れる自信はない。

だから別の観点から考察してみます。ケリーは「アメリカ」を象徴しているのでは…というお話。家族(国民)を守る為なら強い狩人でなくてはならない。鹿狩りを息子に教えるオープニングから、ケリーは典型的保守層だ。「アメリカン・スナイパー」のオープニングにも類似している(あっちは狩人ではなく番犬だったけど)。国歌をリクエストするシーンはダメ押しみたいなもので、ケリーは愛国主義の保守的な父親≒アメリカなのだと強く印象付けている。

そんなケリーが、ロキの制止を全く聞かず、怪しい男を取っ捕まえて暴力を振るう。これはイラク戦争や、それに類するアメリカと中東の争いを想起させる。アメリカはイラクこそ諸悪の根源だと強固に主張した。その主張は正解に近いところにはあったけど、真実には至らなかった。そして直接的に傷つけられたのは誰だったか。暴力に頼ったケリーは罰を受けるが、同時に赦されもする。「信仰を捨てなければ救われる」ーそんなメッセージは、アメリカにもまだ救いがあるということなのか。それとも、このままでは取り返しが付かないぞという警告か。あるいは…。

ちなみにこんな複雑で歪になっているのは、プロデューサー・脚本家とヴィルヌーヴとで考え方が微妙に違うから説を主張しておきたい。製作陣はどちらかと言えばケリーのアメリカ的発想に同情的だったのでは。でも、カナダ人のヴィルヌーヴはもう少し離れた視点からケリーの行動を判断していて、「…それで本当に良かったのか?」と疑問を抱かせる演出になったのではないかと…どうだろう。

いずれにしても、本作で最も批判されているのはケリーの妻グレイスと隣人のバーチ夫妻でしょう。娘がいなくなった時に塞ぎ込み、現実を直視しようしないばかりか自分から動こうとさえしなかった妻。そして、ケリーが何をしているのか知りながらそれを止めることもなく、加担するでもなく、自分たちの正当性を保つ為「何もしなかった」バーチ夫妻。彼らはあの時ただ傍観していた、或いはこれからも傍観し流されるだけであろうアメリカ国民を象徴しているのかもしれない。

そして本作、冷静に考えてみるとツッコミどころが多い。警察無能!拳銃奪われて自殺されるとかロキ無能!何でもいうこと聞かせる薬ってなんじゃそれ!「クリーピー」か!などなど…実はこの物語は現代のおとぎ話だから、非現実的な要素が多い。第二の容疑者のケースから出てくる無数の蛇とかね。ダイレクトに何かを象徴してるんだけど、冷静に考えると変じゃない?ってね。

役者陣は皆すごい演技。主に不快な方向で笑 ヒュー・ジャックマンなんてあんなに聖人なのに、一気に嫌いになりかけたもん笑 自己中心的な正義感の持ち主を素晴らしく不快に演じてくれた。彼にボコボコにされるポール・ダノも実に刺激的。見るからに犯罪者予備軍ぽい…言ってしまえばモロ宮崎勤な見た目と人をイライラさせる挙動。自分が親だったらこんな奴近所にいるの嫌だなあ…と思わせられた。本当は悪い奴じゃないんだから、思わせられるのがまた不快苦笑 テレンス・ハワードやヴィオラ・デイヴィスといった実力派があのポジションに配置されているのもgood。ジェイク・ギレンホールも良かった。メリッサ・レオは豹変が怖かった…けど、だからキャスティングされたのね!と感じたり笑

などなど、とにかく考えさせられるしそれが正解なのか不安…という作品でした。難しい絵画を鑑賞してるみたいな…それで150分もあるのは勘弁してくれなんだけど笑 でも、深い作品だと思います。
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