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グランドピアノ 狙われた黒鍵のnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.7
 観客の拍手、弦楽器の音、黒光りするピアノの流麗なフォルム。ある大雨の日、パトリック・ゴーダルーがこの世に遺した最高級の一点もののグランドピアノ「ベーゼンドルファー・モデル290」が不気味な部屋から運び出されようとしている。作業時間が20分と聞いた業者は焦り、腰がぶつかりポートレイトを割ってしまう。そこに写されたのは、亡き師匠パトリック・ゴーダルーとその弟子で天才ピアニストと称されるトム・セルズニック(イライジャ・ウッド)のモノクロ写真。やがて積荷が4tトラックの中に積まれ、コンサートの時が刻一刻と迫る。ゴーダルー邸の庭に飾られた不気味な銅像が意味深な表情を浮かべている。一方その頃、シカゴ・オヘア国際空港に向かっていた飛行機は乱気流に巻き込まれていた。飛行機恐怖症のセルズニックは空の上で動転した表情を見せるが、何とか無事空港までたどり着く。若き天才ピアニストのトムは、極度のステージ恐怖症に陥っていた。この世で師匠パトリックとトムの2人しか弾けないとされる演奏不可能な難曲「ラ・シンケッテ」を演奏した時、ミスタッチをしたことが元で5年もの間、舞台恐怖症に陥っていた。まるで『ラ・ラ・ランド』のJAZZピアニストのセバスチャン・ワイルダー(ライアン・ゴズリング)と女優の卵のミア・ドーラン(エマ・ストーン)のような、クラシック・ピアニストのトム・セルズニックと売れっ子映画女優であるエマ(ケリー・ビシェ)の関係性はまさにデイミアン・チャゼルの脚本の源流にあると言っていい。偶然にも今作の主人公はクラシックの天才ピアニスト、『セッション』では駆け出しのJAZZドラマー、『ラ・ラ・ランド』では売れないJAZZピアニストと主人公に音楽家を三たび持って来る。

 主演映画を目前に控えるエマは舞台恐怖症の夫トムと満足に会う時間が持てないまま、本番の会場に赴く。空港から会場であるアンソニー・マイケル・ボールへ向かうリムジンの中、慌ただしく演奏着に着替えたトムは裏口からこっそりと現地へ潜り込む。5年のブランクを抱える舞台恐怖症の男は、恩師であるパトリック・ゴーダルーの追悼のために5年ぶりに舞台の静寂の中へと足を踏み入れるのだがこの5年間、トムに代わって家計を支え続けて来た妻の身に思いがけない恐怖が迫る。監督であるエウヘニオ・ミラの演出はアルフレッド・ヒッチコックやブライアン・デ・パーマ、ダリオ・アルジェントのようなクラシック・ホールの中で起きるシチュエーション・スリラーとして今作の脚本を想定し、その通りに仕上げている。トムが緊張のあまり、楽屋に楽譜を忘れて来るくだりは、『セッション』の正ドラマー交代の要因になった出来事だったが、今作では楽譜に赤い字で書かれた文字がトムをシチュエーション・スリラーへと誘い込むのだ。思えば『セッション』では楽譜を奪った犯人の所在は最後までわからなかったが、今作では楽譜の登場が操り人形とされたトムを、真犯人が遠隔操作するための餌として用いられる。「一音でも間違えたらお前を殺す」「助けを呼んだら眉間を撃ち抜く」という赤い文字の脅迫こそは、主人公を恐怖のどん底へ叩き落とす抑圧の言葉となる。今作は正に『セッション』と兄弟のような関係性にあると言っていい。亡き師匠であるゴーダルーを語る真犯人のプレッシャーは『セッション』におけるフレッチャー教授( J・K・シモンズ)と主人公の関係性と表裏一体にある。音符を一つでも間違えたら妻を殺すと脅迫されたトムの緊張状態は、フレッチャー教授のパワハラに耐え続けるアンドリュー・ニーマン(マイルズ・テラー)とまったく同じ極限の心理状態へ主人公を追い込む。

 ヒッチコックの『暗殺者の家』に無邪気なオマージュを捧げたと思しき後半部分はクリストファー・マッカリーの『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』のオーストリア・パートとほとんど同じ設定だが、携帯電話やタブレット端末などを駆使して、殺し屋に相対する天才ピアニストの抵抗が、サスペンスの王道としては少々突飛過ぎるきらいはある。『セッション』から遡ること1年前、スペイン映画のために自らが単独で書き上げたデイミアン・チャゼルの脚本は、そもそもこのようなB級シチュエーション・スリラーを想定して描かれたのだろうか?あくまで商業映画の脚本であって、自分が監督する前提で書かれた脚本ではないと後にデイミアン・チャゼルは語るが、彼が今作を撮っていたとすれば、このようなありきたりなB級サスペンスの範疇には収まらなかったに違いない。天才ピアニストの愛妻が殺されそうになる凡庸なサスペンスではなく、5年ぶりに亡き師匠に報いるためにピアノを弾き、真犯人の要求により5年前の苦みを伴った難曲「ラ・シンケッテ」を完璧に弾かなければ、最愛の妻が殺されてしまうという「演奏家の神経症的な不安」に駆られる主人公の姿こそが、チャゼルが真に描きたかった主人公の姿に違いない。中盤、真犯人はトムに語りかける。「お前の妻は華やかな女優だが、お前はただの天才ピアニストであり、孤高の芸術家だろう」と。舞台恐怖症なんだと泣き言を言う主人公に対し、真犯人は「お前は黙って最高の演奏をしろ、最後の4小節を絶対に間違えるな」と暗示をかける。家に帰りたいと涙ながらに語るヒロインの切ない笑顔を遮るかのように、「ラ・シンケッテ」を最後までミスタッチなしで弾けなかったトムは妻の制止を無視し、再び「ベーゼンドルファー・モデル290」と向かい合う。2010年代の奇妙なB級サスペンスとして一部に熱狂的に支持される今作は、『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞の頂点に輝いたデイミアン・チャゼルのあまりにも早過ぎた脚本家デビュー作として再び脚光を浴びることになるだろう。
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