父母ともに癌

ホームレス理事長 退学球児再生計画の父母ともに癌のレビュー・感想・評価

4.8
愛知県常滑市にある、高校を中退した元野球部員たちでチームを作り、自立を目指していこうではないか、というNPOのドキュメンタリー映画。NPOの理事長と生徒の一人を中心に進んでいく。

 高校中退の球児たちは眉毛が軒並み細く、荒くれている感じもする。
序盤には「カメラ撮んな」と手でレンズを抑えようとする生徒もいる。タバコも吸っている様子だし、いじめも起こってるようだ。
カメラが着目する生徒はこのいじめの被害者でもある。
彼はそのチームでは新入りで、まだ皆に上手くなじめていない。そもそもなじむのに時間がかかりそうな、内向的な性格に見える。またプレーもそんなに上手ではないし、監督にも全然はまってない。
この生徒がいじめられていることを監督に告白すると部員全員が集められ、いじめていたという男の子が前に出され弁明をする。
すると最終的にはいじめられている方が「本当のことを言っているんだったらもっと大きい声で喋れ」みたいな圧力を監督からかけられる、他の部員白けてる、といういじめられている側からすれば地獄のような場面が印象的だった。
時系列的にはその翌朝、だったんだろうか。このいじめられている生徒が家で父母と喧嘩になり包丁を取り出して自らを傷つけようとして、なぜかパトカーで試合の会場まで来ていて、監督に怒られる。
この時に監督がマジで普通の平手うちを何度も生徒に見舞う。ゴリゴリの体罰だ。
ドキュメンタリーで、「現代」って感じの画質で、大画面で見る、大人から子供への暴力はかなり衝撃的だった。
この監督も元は高校野球の監督で暴力沙汰を起こして高校野球界から追放されてここに流れ着いている。一回ダメだった大人が一回ダメだった子供を殴っている。NPOという教育機関かどうかもわからない場所で。不思議だ。人は同じ過ちを繰り返すのか、と思ったが。何を思えばよかったのか。
監督が生徒に言った「命がけで脅すなんて卑怯だぞ」という言葉は妙に心に残った。卑怯なのか?
そのあとの監督インタビュー(こう書くと試合にでも勝ったみたいだが)ではあえてやった、と言っていた。これだけ体罰がダメと言われている中で「俺は職を賭してまで殴った、お前の為に」という論法も確かに成立するようになってしまったな。とは思った。センチメンタルな世の中である。
この殴られた生徒がチームを辞めるか、辞めないか、で揺れるのをカメラは追うのだけれど、もう少年の心変わりとかは理屈じゃないからわからない。辞めたくなったりやりたくなったりしてチームと離れたりちかづいたり。彼の心が成長しているかどうかはわからない。ドキュメンタリーはそうだからいい。成長していないこともあるのが。

成長しないと言えば理事長である。この理事長は赤字のNPOの為に金策に走り回るだけの男だ。大柄で色黒で、もともと高校野球の監督をしていた人。
全くやり手ではなく、多分不器用なんだろうけど、半笑いで理想を語って大きい声で「お願いします」と言って人から金を貰おうとする。
序盤はクラウンに乗っていて、2万円の支援をしてもらおうといろんな企業にクラウンで乗り付けるんだけど、怖くないか。それ。
クラウンからでかい色黒の男が降りてきて金せびるの、とか思いながら見ていると案の定首が回らなくなって、家賃水道電気全部払えずホームレス状態になり、ネットカフェで過ごすようになる。
 その間ずっと半笑いなんだけど、どうしようもなくこの人が憎めない。全然憎めない。
昔松本人志がやっていた『働くおっさん劇場』というよくわけわからないオッサンを連れてきて様々な企画をさせてみる。という番組があった。
オープニングのタイトルコールが上手くできない、という毎回の下りから始まるその番組は、おじさんの「できなさ」「隙」を愛でる番組だった。そこから野見隆明というスター・
オッサンが登場して『さや侍』の主演まで務める。
この理事長を見ているとあの番組を思い出した。理事長は常滑の働くおっさん、常滑の野見隆明だった。
「NPOが無くなればみんなの居場所がなくなる」という大義は胸にあるのだろうけど如何せん力不足。
最後には映画のスタッフに土下座までして金を借りようとして、上手くいかず、号泣する。
その時もなんだか妙に抜けている。「お願いします」と言うタイミングとかが全部面白いし、服もちゃんとしてないし。ズボンのサイズがあっていないのとかも面白くなってくる。
体罰シーンに匹敵する衝撃シーンだった。

 エンドロールの後に付け足されることの顛末は結構衝撃的。見た方がいい。ちなみにこの理事長はそのあと常滑市議になり、大村知事リコール問題の関係で逮捕されたらしい。味わい深いこと甚だしい。
父母ともに癌

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