父母ともに癌

香川1区の父母ともに癌のレビュー・感想・評価

香川1区(2021年製作の映画)
4.5
選挙ってマジ大変だ、と思った。
小川議員の対立候補平井卓也議員とその陣営の余裕が無くなっていく様が観ていて心苦しいほどだった。

選挙前、平井議員は大臣になった高揚もあったろう。大島監督のインタビューを余裕の表情で受けて「取材はできる限り受けるんです」と大人物の風格を出しつつ週刊誌報道に対する釈明を大過なくしていたものの、選挙戦になり地元に帰ってみると小川議員に吹く、己にとっての向かい風を感じたのだろう。どんどんと余裕を失っていく。
ついには大島監督の前作『なぜ君は総理大臣になれないのか』について「あんなものはPR映画であって卑怯である…」というようなことを街頭演説で言ってしまう。
香川のメディア王一族としてその恩恵に預かって来続けた自分にそのまま跳ね返ってくるような言葉を。
それと同じく支持者の方々も一緒に余裕を失ってしまい、映画のカメラを見つけて警察に通報する、演説会に入れさせない、カメラの前にわざと立って邪魔をする、などの「ドキュメンタリー的に美味しい撮影隊に対する嫌がらせ」を繰り返してしまう。
そしてそれらは当然すべてカメラに記録され、当然映画にも使われ、僕はこの目で見、そして香川1区の有権者も目撃するだろう。
平井陣営からすると今回の選挙どころではない。次回選挙に響く大きな痛手となってしまっただろう。
追われる側の余裕を奪い尽くして、冷静さを失わせ、後先関係無い行動を取らせる選挙の恐ろしさ。
前作『なぜ君は…』では小川議員についてばかり描かれており、平井議員はぼんやりとした大きな敵として描かれているに留まったが、今回は直接的にネガティブな映り方になっている。

 それに対して小川議員は現代政治に吹き抜ける一陣の爽やかな風、であるかのように描写をされる。家族に応援され、町の人に愛され、選挙区の外の人間を巻き込む魅力のある人間として。徹底的にポジティブに描かれる。
小川議員の選挙前の大失策である「急に出馬を表明した日本維新の会の候補に対する出馬取りやめの直談判」すら、周りの人間が徹底的に「よくないよ」と言うことによって「純真故に起こった事故」という印象にすることに成功している。

 大島監督も作中平井議員に対し「PRのつもりで作っていない」と言っていたけれど、今回の映画はPRの意図はないにしても、香川1区の有権者に今後の投票先に大きな影響を、平井陣営の失策を丁寧に映すことにより、小川氏に対して有利な影響を与える映画になっていると思う。

 まあ、しかしそれでもいいんじゃないか、当選を重ねたほうがいいんじゃないか、思わせる魅力が小川議員にあるように映画は作られている。

小川議員について、小川議員の父は「幼い」と言っていたけれど、それは良いところだろう。維新の候補に出馬断念を頼みに行くのもそうだし、母に「農業政策を語るなら実際の大根でも育ててみろ」と言われて実際に大根を育てて上手く育てられない。マイクを握れば「全人類の為に」…。この「全人類」なんていうバカな言葉に「多分割と本気なんだろう」と思わせる幼さの魅力が小川議員にはある。
そういう議員が居てもいいと思う。

 監督も小川議員に魅力を感じているんだろう。
もしかしたらこの映画で選挙区の当落なんて気にならないほどの知名度と好感を小川議員へプレゼントして、中央政界に集中させて、どこまでやれるか見てやろうなんて気持ちでこの作品を作ったんじゃないかとすら思う。
実際小川議員、立憲の代表選にも出たし。

 僕は小川議員、割と総理に向ていると思う。大きいことを言うけど、気が小さくて心が弱いから対話をしたがる不器用な理想家。そんなトップをみんなでなんとか支えていくってのはいいんじゃないか。
上司に居たらちょっと困るし、実務の人でもどうかと思うし、根回しをするには圧倒的に向いていないと思うけど、総理ぐらいなら上手くやれるんじゃないか、と思わせる魅力がこの映画からは見て取れた。
実際「君には総理大臣ぐらいしかできることがない」なのではないか。これはさすがに暴言だろうか。
だから、その方が近道なんだったら自民党から議員になればよかったのに、と思わないでもない。

 良い場面も沢山あった。
予告編にも使われていた小川議員と政治評論家の田崎史郎氏とのもめ事の場面は笑ってしまったし、辻本清美氏が小川議員に対して吐いた一言は本当に的を射ていてある種の迫力があった
母と娘の描写もかなり泣けるし、維新の町川候補も中々の名キャラクターだった。
平井議員の演説で自分の功績として公共のトイレをキレイにしたことを言うんだけど、選挙終盤の演説では確か、世界に注目されるようなトイレにしたい、というようなことを言っていて、注目まではされなくていいだろ、と思ってそれも大いに笑った。

 選挙は面白い。『香川1区』なんて言っていずに『全県全区』で映画を作ってほしい。野党側が追われる展開で、ボロを出し続けた選挙区だって観てみたいし、無風区に立った無名候補の戦いだって観てみたい。

 選挙は本当に面白いのだ。『香川1区』も面白かった。喜劇だし、悲劇だし、人情噺だし、滑稽話だし、いや、怪談めいたところだってある(この映画だとパーティ券のくだりとか期日前投票所の横のビルのくだりとかかなりゾッとした)。
だからもっともっと面白い選挙の本や映画が作られてほしい。僕はそれらを見続けるし、お金を払い続ける。
その方が僕にとって面白いものがある、僕にとっての良い世の中になるはずだから。
父母ともに癌

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