不在

グレート・ビューティー/追憶のローマの不在のレビュー・感想・評価

4.4
主人公ジェップは初恋の記憶に人生を支配され、数十年経った今でも前を向くことができないでいる。
本を書いた理由も、今は書けない理由も、下らないパーティに明け暮れているのも、60を過ぎても結婚せずに女の人を取っ替え引っ替えしているのも、全てその初恋が原因だ。
人生の悲喜交々を若い内に味わい尽くしてしまったジェップの現在は最早抜け殻であり、生ける屍と化している。
そして彼はそれを受け入れられるほど、強い人間ではなかった。
だからこそ自ら堕落した人生を演じ、本当の自分を押し殺している。
大仰な言葉で武装して、身を守っている。
しかしいくら心の隅に追いやろうとも未だに顔を覗かせるあの時の自分は、偽りではない、本物の人生を望んでいる。
そんな彼の一部は、"大いなる美"を探してローマを巡る。
なにか自分にとって価値のあるもの、生きるべき理由を探し始めるのだった。

様々な俗人と出会う中で、ジェップは100歳を超えるシスターに巡り合う。
彼女は草の根だけを食べて生き永らえているらしい。
そしてそんな彼女だけが、ジェップ本人すら否定している心の根っこ、つまり若かりし頃の思い出を肯定してくれるのだ。
人には必ず死が訪れる。
そこには勿論生があるが、その雑踏に人生の美しさは隠されてしまう。
しかしその生にまつわる雑多な混乱こそが人の大いなる美しさであり、自分自身を作り上げているのだ。
彼にとって価値のあるものはローマという都市ではなく、初めから自分の中にあった。
それを自覚した彼が、再び筆を執ったかどうかは重要ではない。
全てを受け入れて生きること以上に、大切なことなどないからだ。
不在

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