9位[戦中世代と戦後世代の断絶をもっと広げる描写に驚愕] 30点
時は1971年。第二次大戦で戦った戦中世代と戦争を一切知らない戦後世代の埋まることのない断絶を描いた本作品。1941年に産まれた監督アンドレイ・スミルノフは後者であり、その父親であるセルゲイは無名戦士についての本で知られる詩人・脚本家だった。アンドレイは1962年に全ソ国立映画大学監督科を卒業。これはラリーサ・シェピチコやエレム・クリモフの一年先輩にあたる。卒業制作短編を監督後、シェピチコとの合作「未知の時代の始まり」やTV映画などを監督。本作品は彼の最も有名となった単独監督劇映画二作目であり、その大ヒットによって若手世代の台頭を牽引することとなった記念碑的作品である。
戦後25年ぶりにかつての四人の戦友、工場長ハルラモフ、配管工のプリホジカ、会計係のドゥヴィンスキー、ジャーナリストのキリュシンが、隊長の葬儀のために再会し、隊長との想い出や自身のこれまでについて語り合う。
戦争賛美まではいかないものの、どこか大祖国戦争を正当化している気もするが、ミクロな話なのでそれくらいしないとやってらんないよね。多分、それが大ヒットの要因の一つなんだろうということは想像に難くない。
その帰り道、プリホジカの作業場で爆発事故が起こり、巻き込まれた青年を助け出す。彼を病院に運ぼうと通りすがりの車を止めるが、運転手は怪我した青年を乗せるのを渋る。前線ではこんなことは起こらなかった。戦時下では互いに思い合って、なんとか生きてきたじゃないか。
という感じで、おじさんズが青春を捧げた戦争という時代に思いを馳せ続ける映画。戦後世代には耐え難く退屈である。経験したことは語れない以上、戦中世代と戦後世代の分断は埋められないものであるという理論には賛成だ。しかし、若者を露悪的に描くことで戦中世代に取り入ろうとする姿勢が見え隠れするようでは失格である。
渋られた四人の解決策はこうだ。若者が渋るのに対して四人は挑発し、彼を外に出す。そして、殴った上で勝手に怪我した青年を車に乗せ、尚も渋る若者を置いて勝手に出発するのだ。緊急なのは理解するが、これでは分断を自力で広げてるようなもんじゃないか。自分の知っているものが離れていく感覚とそれでも歩み寄ろうとする感覚は非常に理解できるからこそ、埋める努力もしないで分断があるとか言われてもウザいだけだ。
車の件で逮捕され、釈放された四人は従軍看護師だったラーヤの家に行く。彼女に隊長の死を伝えた時、彼女が歌う「求めるは勝利のみ」は名曲。五人で歌う姿には、半ギレだった私も少し救われた。ただ、めっちゃ短かった。
渋る若者の車に乗っていた若い女性役でテレホワさんが出ていた。やっぱ滅茶苦茶綺麗な人だわ。見どころは…そこくらいっすね。