MasaichiYaguchi

裁かれるは善人のみのMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

裁かれるは善人のみ(2014年製作の映画)
3.8
家族を愛し、故郷を愛し、そこに住む馴染みの人々と交歓し、慎ましく善良に生きてきた主人公コーリャが、これでもか、これでもかと痛めつけられ、彼が大切にしてきたものが次々と失われる展開に胸が痛む。
この作品では、彼が先祖代々から住んでいる土地を巡り、そこを強引に買収しようとする腹黒な市長との激しい対立を軸に、善と悪との相克が心を抉るような人間ドラマで描かれる。
行政側でその土地で絶大な権力を持つ市長に対し、自動車修理工でしかないコーリャは非力で圧倒的に不利な立場だが、元戦友で弁護士のディーマが彼に加勢し、起死回生の“特ダネ”で形勢逆転を図ろうとする。
ところが、このディーマが抱える抜き差しならない“秘密”が露見して、事態は思わぬ方向に転がってしまう。
本作ではロシア正教会が印象的に登場するが、本来は悪を退け、善を推奨すべき宗教だが、コーリャに対して神は沈黙し、救いの手を差し伸べない。
また、ロシア北部の入り江のある小さな町が舞台になっていて風景は雄大で美しいのだが、その入り江にはボロボロの船が幾つも打ち捨てられていたり、大きな鯨の骨が野晒しになっていたりして、描かれた一人の男の悲劇を一層寒々としたものにしている。
悲劇が加速する終盤の展開には、この世には神も正義も無いのかと、思わず天を仰ぎたくなる。
だからといって本作は、一人で頑張って正義を貫くのではなく、「長いものには巻かれよ」ということを説いている訳ではない。
本来救われるべき善人が裁かれるというこの非情な世界を我々に突き付け、これで良いのかと問うていると思う。