うえびん

消えた声が、その名を呼ぶのうえびんのレビュー・感想・評価

消えた声が、その名を呼ぶ(2014年製作の映画)
3.9
長くて遠い

生き別れた家族を探す旅。8年の歳月はとても長く、地球半周の旅は遠い道のりだった。誰よりも主人公のナザレットがそう感じているであろうことがよく伝わってくる作品だった。

地球半周の旅路は、岩山、灼熱の砂漠、荒涼とした大地、日本では見られない過酷な自然環境ばかり。そんな人間にとって過酷な環境だから、この地では救世主の思想が生まれたんだろうと想像した。どの場面も自然の描写が強く印象に残り、実際にナザレットと共に旅をしている感覚に。公式HPで監督のインタビューを読んだら、“自然の映画”が好きで観客に実際にこれらのロケーションにいるような感覚を持って欲しいと思っていると言われていて、なるほどと実感。

生き別れた家族を探してひたすら歩き続けるナザレット、その姿は安心して眠れる場所を探し求めているようにも映った。トルコで妻や娘と安心して眠っていた夜、突然の招聘でキャンプ地でのテント暮らしになり、仲間が惨殺された後は岩山での野宿、レバノンの街では石けん工場に住み込み、キューバへ向かう海上では船内で眠る。どこにも安眠できる場所はなく、たびたび妻の悪夢にうなされる。物語の最後、娘のルシネと再会できた彼は、ようやく安心して眠れる場所を手に入れる。そこでは、おそらく亡くなっているであろう妻も、彼の夢の中に在りし日の面影で現れるのだろう。

ナザレットの出自、アルメニア人は世界で初めてキリスト教を国家宗教とした民族らしい。敬虔なクリスチャンだったナザレットが、義姉の死を看取った(幇助した?)後に信仰を棄てたであろう場面では、この世に対する彼の深い絶望を感じた。その絶望が希望に変わっていく過程に、信仰がさり気なく差し込まれているのも印象に残った。ナザレットがルシネの住むノースダコタに足を踏み入れた時、最初に映し出される街なみに教会があり、再会したルシネと共に墓参りを終えたナザレットが、二人で大地へ向かって歩いてゆく場面にも、墓地の門には十字架が掲げられていた。安心して眠れる場所を得た彼は、ふたたび信仰を取り戻して父娘の生活を営んでゆくんだろうと想像できた。

テーマも映像も重たい作品なんだけれど、後味は悪くなく、冒険活劇的な要素も楽しめる作品でした。
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