エクストリームマン

ブラックパンサーのエクストリームマンのレビュー・感想・評価

ブラックパンサー(2018年製作の映画)
4.3
Guns... so primitive!

※ネタバレしてます

この規模の映画であるにも関わらず、たとえばユリシーズ・クロウ(アンディ・サーキス)のような悪役を好きなように暴れさせられるところにMCUの強さがあるに違いない。そして、主人公:ブラックパンサー=ティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)をあらゆる意味で越えた悪役:エリック・キルモンガー(マイケル・B・ジョーダン)は、MCU史に残る素晴らしいヴィランであり、ユリシーズ・クロウとの視差によって浮かび上がる「悪のグラデーション」が興味深かった。

自分の預かり知らないところで人生を破壊された人間に出会った時、そしてそれが信じていた人間によって引き起こされたものだった時、正義感と責任感によって曇りない眼差しで世界を見つめることができるのだと信じて疑わなかった人間にはどんな光景が見えるのだろう。MCUで最も王らしい王という役目を与えられたブラックパンサー(ソーは王であることを棄てたキャラクターであり、スターロードは原作の「王子→王」設定はオミットされている。クリス・プラットのスターロードが王権を選ぶことなんてなさそうだしなぁ)は、だからこそMCUのキャラクターが得意な絡めてや騙し討、ノリでなんとかする等々の手段を予め封印されている。本来ならキルモンガーのような悪役にこそ搦手で対抗するものだが、それをやってしまってはワカンダ歴代の王と同じになってしまうし、正に先王とその弟との間で起きたことの再現にしかならないわけで、キルモンガーの出自を知ったティ・チャラは、正面からキルモンガーと対峙するしかないのである。対して、それまであらゆる悪辣で容赦のない手段で戦場を渡り歩いてきたエリック・キルモンガーは、唯一ワカンダの王座を簒奪するに際してのみ、やはり正々堂々と正面から闘いを挑むことができたし、そうすることが最も効果的であるとよく理解していた。ワカンダの内的な論理(王権をかけた決斗)によって王座を簒奪することで、キルモンガーは瑕疵のない形で権力を手にし、復讐を果たしたのである。

キルモンガーがティ・チャラを決斗で破り、王権を手にした際の各キャラクタの行動が面白い。王権に使えるロイヤルガードであるオコエは激情を抑えてかつての主を狩る側に回る。対して、ナキアやシュリは即座に迂回してキルモンガーを王座から引き摺り落とす手段を取ろうとするのだ。これは、たとえばシビル・ウォーにおけるトニー・スタークとスティーブ・ロジャースの対立と相似形になっている。ナキアやシュリ、ラモンダの立場からすれば、キルモンガーの排除に動くのは当然なのかもしれないが、しかしワカンダの内的な論理、即ち王権の正統性という意味では、彼女たちの行動は伝統と正統性から逸脱している。王が不正義(に思える)行動を取ろうとしたら、あるいは王が個人的に気に入らないという理由で従わないことが許されるなら、そもそも王政など成り立たないわけで。結果としてティ・チャラはジャバリ族に助けられて生きていたわけだが、それは結果として、というだけであり、ティ・チャラがキルモンガーに敗れてから生きていると判明するまでにナキアやシュリが取った行動はどうやっても正当化され得ない、ただの叛逆である。いや、彼女たちは良心に従ったのだ、正義のために行動したのだという理屈は通用しないだろう。何故なら、ここで良心や正義を測る尺度こそ、キルモンガーが奪取したワカンダの王権によって下支えされているのだから。キルモンガーの父親はまさにこの尺度に殺されたのであり、今や正統にその尺度=王権を引き継いだ彼こそが原理的に正しいのである。

死と再生を経験したティ・チャラは、伝統とある種決別する決意を持って、キルモンガーの前に現れる。対立の項で表すなら、元来トニー・スターク的だったティ・チャラは、スティーブ・ロジャース的な、その瞬間を生き、更新し続ける方を選択した。サヴェージな性質のキルモンガーが憎んだ伝統の中に入ったことで一度勝利したのに対し、伝統が殺したものに絶望したティ・チャラは、伝統から逸脱することで喪った正義を回復しようとする。正しさで救えないもの/救えなかったものを救うために。

クライマックスのブラックパンサーvsブラックパンサーは、己の影と戦う主人公というお馴染みの構図だが、ここでもまた光と影が反転されていて面白い。キルモンガーのスーツは金のラインが入っているのに対し、ティ・チャラのスーツは黒一色であるという視覚的な反転に加え、戦っている最中、キルモンガーは正統なワカンダの王であるのに対して、ティ・チャラは挑戦者である、という構図の反転も加わっている。

俳優陣もなかなか豪華だったが、やはりマイケル・B・ジョーダンが突出して良かった。最早悲壮さすらない、心が乾ききってしまった怜悧な復讐者。闘いの果てに迷いなく死を選ぶ時も、どこか清々しさがあった。助演だと、シュリ役のレティーシャ・ライト、ダニエル・カルーヤ(『ゲット・アウト』の主人公!)がグッド。生身のアンディー・サーキスも最高だ。フォレスト・ウィテカーはフォレスト・ウィテカー役が多すぎやしないか。