ブタブタ

エル・トポのブタブタのレビュー・感想・評価

エル・トポ(1970年製作の映画)
5.0
ホドロフスキーの長編第一作にして最高傑作でありキング・オブ・カルト映画。
これを超える映像体験は一生出来ないのではと思うくらい初見時は衝撃でした。
メキシコの強烈な太陽光の下で撮影された画面は色彩もコントラストも鮮烈で、書割りの様な非現実的な彼方まで一色の砂漠と水色の空。
ホドロフスキーは撃たれた人間の傷口からでは無く銃口から直接血が噴き出す様な西部劇が撮りたかったと語っていますが、まさに滝の如く大量の血糊やペンキを画面いっぱいにぶちまけた真っ赤な血の川、鮮血の雨あられ。
「フェリーニが西部劇を、黒澤明が宗教劇を撮った様な作品」と言われる程のまるでサム・ペキンパーの『ワイルドパンチ』黒澤明の『7人の侍』さらにフェリーニの『サテリコン』をグッチャグチャに混ぜて化学変化を起こして爆発した様なフリークスとキチガイによる哲学・アクション・禅道・陰陽・易学・精神世界その他諸々サイケデリック前衛スピリチュアル西部劇。
ホドロフスキーは日本贔屓で知られていますが、エル・トポの構成も前半後半の二部構成と言うより能の序破急と言いますか、エル・トポの登場→大佐率いる山賊を圧倒的強さで皆殺しにするプロローグが「序」4人のマスターとの対決→激闘編が「破」エル・トポの復活→フリークス達の救世主となる結末が「急」(そう言えば『エヴァQ』も主人公が目覚めると十数年経っていましたが)の三部構成の様に思えます。
特に自分の様な中二病を刺激するのは砂漠での4人のマスターとの死闘です。

「私は預言者なのかもしれない。いつの日か、孔子やマホメッド、釈迦やキリストが私の元を訪れることを想像することがある」と『ホーリーマウンテン』撮影中にホドロフスキーが語っているという文章を読みました。

この四人のマスターはホドロフスキーによると「動物は太陽の象徴(太陽すなわち超人?)」であり、第1のマスター=馬・第二のマスター=ライオン・第三のマスター=兎・第四のマスター=蝶をそれぞれ表し、かなり深い設定がある様ですが、この四人は「四聖(キリスト・ソクラテス・仏陀・孔子)」なのではないかと思います。

第1のマスターは白馬に跨っており、ヨハネ黙示録によると世界の終わりに天から白馬に跨り現れるのはキリストとの事で第1のマスターはキリスト。
第二のマスターは「自分の物は何もない」とエル・トポに語り、母に全てを捧げている。
女性に頭が上がらない点が共通しているので悪妻で有名なソクラテス。
第三のマスターは前世が兎と言う事で仏陀。
第四のマスターが持つ虫取り網は蝶の隠喩であり胡蝶の夢で孔子だと思ったのですが胡蝶の夢は荘子でしたw(まあ同時代の思想家と言うことで)
四人はそれぞれ個性的で突出した能力を持ちキャラが立っており様々な戦いをエル・トポと繰り広げますが、四人の中で特に好きなのが最初に登場するビジュアル的にも格好良く、腕の無い男と脚の無い男それぞれ上半身下半身にジョンウェインの衣装を身につけた二人で一人のガンマン「ダブルマン」を従えた盲目のマスター。
印度の行者の様に贅肉が一切無い痩身、身に纏っているのは褌とサンダルだけ。
エル・トポとの対決シーンでは長髪を結い額・こめかみ・心臓のそれぞれ急所にここを狙えと言わんばかりに赤い印を書き、二丁拳銃のガンベルトを巻き、黒馬に跨るエルトポに対し白馬に跨り現れる。
また黒づくめのエル・トポと対象的に白い肌の裸身の姿。
真正面から向き合って打ち合うのはマカロニウェスタンでお馴染みのシーンですが戦うのはガンマン対異能者、(死)神と聖者、そして一瞬でのアッと驚く決着。
この映画の中でも最も緊張感溢れる素晴らしい場面でした。
『ホドロフスキーのDUNE』でホドロフスキーがスタッフ・キャスト所謂「魂の戦士」を探して歩く行脚も、サルバトーレ・ダリ、ピカソ、オーソン・ウェルズ、ミック・ジャガー、ピンクフロイド等登場するそうそうたる面々は正に『エル・トポ』のマスターの如しで芸術・芝居・音楽・映像等々それぞれのジャンルの頂点に立つマスターばかり、彼等を篭絡して行く過程も正攻法でなくエル・トポのように「ズル」も交えていてその虚々実々のやり取りはエル・トポの世界そのままでした。
裸で登場するエル・トポの息子でありホドロフスキーの息子であるブロンティスは『DUNE』で主役を演じる筈であり『DUNE』が完成していれば、あの5年後には父エル・トポと同じく砂漠で異形の存在や怪物を相手に冥府魔道を行く大冒険を繰り広げていたのかと思うと非常に感慨深いです。

オマケ
映画秘宝誌に「今度はパチもんマッドマックス2か?!」と言うエル・トポの続編『Avel Cain』がプリプロダクションに入ったと言う記事が載り、しかしその後撮影は資金難から中止になり『Avel Cain』のスタッフ・キャストがそのまま移行して新作『king shot』の製作が始まったとのニュースが。
プロデューサーがデヴィッド・リンチ、音楽と主演はマリリン・マンソンと言う布陣でホドロフスキー一行がカンヌでプロモーションを行う写真等もあり今度こそ製作されるものと思ったのですがこれも資金難から中止になったと。
ホドロフスキーの未制作映画としては『DUNE』が有名ですがこの『Avel Cain』『king shot』もエル・トポ以来のアクション大作だっただけに実現しなかったのは非常に残念です。
『Avel Cain』はエル・トポ続編と題されてはいますが『死霊のはらわた』の1と2の関係に近い様な所謂スケールアップリメイク作品だった様です。
そのストーリーは「舞台は核戦争後の世界、エル・トポは怪物の群れと戦い怪物共々爆死。エル・トポの2人の息子・善人のAvelと殺し屋のCainはエル・トポが奪った財宝を狙う悪漢コヨーテに唆されてエル・トポが埋葬されている島を目指す。その島は核戦争後の世界で唯一緑が溢れるオアシスでテクノロジーによる魔術を使う集団と戦いながら島に到達する。そして黄金の12枚のモノリスの中心からエル・トポが蘇る」と言ったものでやはりエル・トポの死と復活、エル・トポと同じく前半と後半二部構成で壮絶なアクションと宗教劇・西部劇になっていたのでしょう。
『king shot』は砂漠の中の街で悪党達が悪行の限りを尽くしそれを語るのは1匹のコガネムシでホドロフスキーによると“形而上学的前衛西部劇”“メタフィジカルマカロニウェスタンギャングスターほら話”という摩訶不思議なもので『ほら吹き男爵の冒険』の西部劇バージョンと言った感じでしょうか。
実現しなかったのは誠に残念です。
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