Kuuta

バケモノの子のKuutaのネタバレレビュー・内容・結末

バケモノの子(2015年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

私は剣道を長いことやっていたのですが、試合で一番肝心なのは「打たれるかも」という恐怖心に勝つこと。相手の技をかわしながら技を出しても絶対に一本は取れない。弱い自分を乗り越えて、無心で飛び込まないと良い技は出ない。

そして、土壇場で怖さを捨てるには、普段の稽古の反復しかない。太刀筋の鋭さは、腕力や技術だけでなく、自分の積んできた稽古への信頼から生まれる。作中の言葉通り、「心の剣で切る」とは、稽古(=熊徹との練習、絆)を信じることであって、熊徹との生活を想起しながら剣を心にしまうシーンは「そうだよなあ」と思わず納得してしまった。各人の鞘に納めた剣が恐怖心の抑圧としてすごく象徴的だし、その刃を暴走させる一郎彦や、熊徹という支えを手にしたことで現実の剣を捨てる蓮のラストも良い。

ということで、随所に粗い部分が散見されるものの、こういうテーマだと個人的に評価も甘くなってしまうと感じつつ、それでもやっぱり終盤の展開は物足りない。もっと良くなったはずなのに。もったいない印象。

剣道になぞらえる部分がある一方で、今作はボクシング的な「選手とセコンドの協力関係」の描写を入れている(熊徹と猪王山の対決、リング入場を思わせる演出等)。複数で支え合い成長し合うボクシング要素(親子や家族の象徴)と、孤独に自らの心と対峙する剣道要素(蓮の成長)。相対する競技の関係がイマイチ整理し切れていない。これが、終盤の展開の分かりにくさの原因だと思う。

蓮が熊徹との日々を糧に、自分の闇と向き合った上で、セコンドの支えを受けて、勝つ。これが今作の設定を踏まえた正しい終わり方だと思うが、蓮が「大嫌い」と繰り返す自分を、自らの一部として受け入れる描写がすっぽりと抜けている。闇に飲み込まれかけた蓮は、チコやミサンガ、セコンド熊徹といった「家族」にあっさりと救われてしまう。剣道要素を消化しきらないまま、ボクシング要素にスライドしてしまっている。自分の弱さを知ってこその強さ(成長)なのに、一郎彦ばかりに演出が傾き、「大嫌い」少年は作劇上姿を消してしまう。

心の闇は消えず、自分の中で飼い続けなくてはいけない。であれば、心の中の熊徹と「大嫌い」少年がせめぎ合う描写は絶対に必要だったと思う(自分の闇も含めて白鯨を切ったということなのか…?あまりそうは見えなかったけれど)。

なぜか最終決戦で「心の闇と向き合う」決心を口にするのは蓮ではなく、楓だ。「私たちが負けるわけないんだから!」。彼女がいじめられ、親子関係もうまくいっていないことを考えると、個人的にはこの場面が一番泣けたが、「なんでこの美味しいセリフを作中でほとんど成長していない、というか蓮の闇も大して知らないこの子が言っているんだろう」という釈然としない感じは残る。

(この場面、親の前で良い子であり続けて、自分を抑圧するキャラクターという点で、一郎彦と楓を対比させているんだろうが、現実世界の描写が駆け足で楓のキャラ造形が足りていないため、唐突な印象を受ける)

中盤までの師弟もののお約束な展開は、そこそこ楽しめた(ワクワクしたかというと微妙だが。渋天街が、映像はすごいもののイメージ的に全然目新しくないのが残念)。相変わらず音楽は素晴らしかった。一郎彦の顔が文字通りバケモノになっていく様、背景の選び方等々、細かな演出も流石。自分の子であると言われることがプライドだったはずが、人格否定に繋がっていく一郎彦の切なさ。「工事中」の親子関係、牙の生えた白鯨…。

ただ「子供向け」を狙ったのか、心情を口にしすぎな印象ではある。楓が蓮に高認試験を受けるよう迫る場面も、「もう少し渋天街への名残惜しさとかないのかな」とか、「これそもそもハッピーな場面なのかなあ」とか。(サマーウォーズの時も思ったが、やりたい展開が先に来て、周りの登場人物への配慮が欠けている印象)。

前半と後半の繋がりの薄さも気になった。せっかくの師弟の修行シーンが、後半のカタルシスと全く連動していない。猪王山の家庭は崩壊寸前になったはずで、例えば猪王山が熊徹と蓮のやり取りを思い返して、一郎彦との希薄なコミュニケーションを見直す場面を入れるとか、あっても良かったのでは。

久し振りに現実世界に帰ることによるカルチャーギャップコメディ的な展開も、入れられたはずだが、全く描いていない。恐らく描きたいテーマではないし、時間も足りないから。ただ、そうした説明を一切省いた結果、「一郎彦はなぜ鯨を読めた?」とか「そもそも現実と渋天街の行き来のルールって?」とかモヤモヤが増す形になっている。要は広げた風呂敷をたためていない、ということ。

熊徹、チコ、楓という血の繋がらない関係が蓮を救う展開のため、細田さんもついに血縁に縛られない家族を肯定的に描くようになったのかなと思いきや、結局元の父親に着いて行ったのもちょっとガッカリ。チコは母親の化身という設定のようだし…。

現実とリンクした異世界での冒険、鏡像関係のライバル、負の感情の肥大化と受容など、宮部みゆきの「ブレイブストーリー」を何となく連想した。

細田さんが何を伝えるために、どんな絵を見せてくれるのか。終盤の演出、描写の拙さが、やりたいことは分かるだけにすごくもどかしい。全体にそんな印象の作品だった。でも嫌いになれないなあ。72点。
Kuuta

Kuuta