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怒りのregulusのレビュー・感想・評価

怒り(2016年製作の映画)
5.0
李相日監督の『怒り』。数ヶ月前に劇場で予告を観てから、今年期待の1本だった。原作(吉田修一)を読んで公開を心待ちにしていた。試写に当選して早々に観ることができた。

ポスターに並んだ顔は、渡辺謙(お父ちゃん)、宮崎あおい(愛子)、松山ケンイチ(田代)、妻夫木聡(優馬)、綾野剛(直人)、森山未來(田中)、広瀬すず(泉)の7人。オールスターキャストの映画だ。けれど、作品を観てもまったくスターの影がない。7人が7人ともそれぞれの役柄をするりと纏い、日常生活に馴染み、物語にはまり込んでいる。

描かれたのは、千葉、東京、沖縄で生きる人たちの人間模様。まず、このばらばらの3つの話を、1年前に起きた八王子夫婦殺人事件の犯人捜しを媒介に一つの大きなうねりにまとめ上げた脚本や編集の手腕に感服。その流れには無理がないばかりか、それぞれの物語がエコーして、感情のカオスを引き起こす。坂本龍一の音楽が物語の継ぎ目をきれいに隠していた。

役者陣の演技も光る。千葉パート。お父ちゃんの自分の心の内が見えるほどに深まる苦しみ。素性不明な田代のささやかな温かさ。愛子の土臭さと純真さ。東京パート。優馬の"洗練"を装った不器用さ。直人の世のすべてから見放されたような力なく悲しげな目と声。沖縄パート。泉のあどけなさを抜けた先の悲鳴。田中の狂気スイッチ。泉の同級生の辰哉を演じた佐久本宝の好演。

なかでも、全てを知った優馬の表情の歪み、優馬のある一言にとても控えめにけれど心底うれしそうに笑う直人、信じる気持ちが声に表れてくる愛子が印象に残った。

絶えず緊迫の瞬間が続くようなストーリーではないのに、流れていく時間は濃密で、ひたすら目が離せなかった。観終えて数時間ずっと頭の中の沸騰がおさまらなかった。登場人物たちの人生を共に生きたかのようなずっしりとした疲労感。スクリーンのこちら側にいて、みんなの気持ちがわかる分だけ胸が痛む。誰の感情も受け止めきれない。ぶちまけられた感情と秘められた想いに埋められた2時間22分だった。

――怒り。2人の間を越えたところでの出来事が2人の関係を変えてしまうのは、その出来事を被せて相手を見てしまうから。相手への接し方は相手の気持ちを変えていく。相手からの扱われ方で自分の気持ちも変わっていく。その絡み合いの中で生きざるをえない今、信じられることの幸せを想う。
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