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怒りのhigashiのレビュー・感想・評価

怒り(2016年製作の映画)
4.7
とんでもないものを、観てしまった。


観終わった後、まず出てきたのはこの感情でした。

映画の出来が悪かったとかではありません。

良い悪いでいえば、完全に「良」です。

ただ、スクリーンから伝わるとてつもない熱量に、こちら側がやられそうになり
ました。


パンフレットに載っていた高畑充希さんの言葉。



「映画がこっちを潰しにくる」




まさに、これなんです。

心をぐちゃぐちゃにされます。
生半可な気持ちで見てられません。

正直、仕事帰りに観るのはキツイと思います。

体調が良いときに、休日に1人で観るのをオススメします。

でも、絶対に観て後悔しない映画、それが本作です。



まずすさまじいのが、キャストの激アツ演技。

渡辺謙、宮崎あおい、松山ケンイチ、広瀬すず、妻夫木聡、綾野剛、森山未来と、主要キャストだけでこの並び。

豪華すぎます。

このキャスト1人1人の演技が、熱いんです。


「役に魂が宿っている」


皆さんの演技を見ていて、そう感じました。

特にすごかったのは、渡辺謙さんですね。
背中であそこまで演技ができる俳優さんは、今の日本にはいないんじゃないで
しょうか。


あと個人的には、高畑充希さんの演技がすごくよかった。

出演時間はわずかなんですが、なんだろう、すごかった。

もしかしたら、あそこで一番泣いたかもしれない。

妻夫木さんに真相を語る時の表情、セリフの言い回し…

完全に何かが憑依していた高畑さんに、一気に惚れてしまいました。

その他の方々の演技も、相当追い込んでるな…というのがひしひしと伝わってきて、
2Dなのに、3Dや4DX、IMAXを見ているかのような圧がありましたね。



この映画のタイトルは「怒り」です。

喜怒哀楽の「怒」です。

この「怒」がいかに厄介な感情かが、映画を観ているとすごく伝わってきます。

喜には「嬉しい」、哀には「哀しい」、楽には「楽しい」という形容詞があり、それらの表情をイメージすることは簡単です。

でも、「怒」には形容詞がない。

「怒った」とか、「腹が立つ」とか、動詞ばかりが浮かびます。

きっと「怒り」という感情は表情ではなく、「動き」のイメージが強いんです。

物を投げたり、人を殴ったり、喧嘩したり、殺人を犯したり…。

でも普段、それらの動きをするかというと、多くの場合、私たちはそれを我慢し
ます。

「怒り」の衝動をおさえるわけです。

でもそれってめちゃめちゃ苦しいわけで、そういうときって、心がぐちゃぐちゃ
するし、何とも言えない表情になりますよね。

この感覚を、キャスト全員が演じているんです。

だから、すごいんです。

彼らの演技だけでも見ごたえがありすぎて、頭がクラクラしました



また、全編に漂う緊張感がすごい。

李監督も「全シーン、クライマックスのつもりで撮った」と、インタビューでおっしゃってましたが、まさにその通り。

カット割り、カメラワーク、編集、すべてがじっくりたっぷりで、
ピーンと張りつめたような緊張感が、2時間22分ずっと続きます。

さらに坂本龍一さんによる壮大な劇伴。

「バベル」を彷彿とさせるその音楽は、観る者の心をえぐり、癒します。

真実が明らかになり、各エピソードと音楽で紡がれていくクライマックスは圧巻
で、鳥肌と涙が止まりませんでした。


軸として、「八王子夫婦殺人事件の犯人は誰か」というものがあるのですが、
きっとそこが主題ではありません。

八王子の事件の犯人の報道によって、いろんな人々が疑心暗鬼になり、愛する人
を信じたいけど疑って、登場人物たちが「怒り」を抱いていく。そんな 「人間
の感情」、まさに「怒り」を描いたドラマなんです。


同棲したての綾野さんと妻夫木さんの会話のシーン。



「家にあるもん盗むとかしたら、俺、遠慮なく通報するよ」

「…」

「疑ってるんだぞ俺、お前のこと。なんか言えよ」

「…疑ってるんじゃなくて、信じたいんだろ。分かったよ。信じてくれてありが
とう」



胸にグサリ、と刺さりました。

なぜ「怒り」の感情が生まれるのか。
それは、相手を信じたいから。

信じたいけど、もしかしたら犯人なんじゃないか。

信じたいけど、もしかしたら…。

この気持ちのモヤモヤが、「怒り」につながっていく。

人間の気持ちの複雑さに、キリキリと心が締め付けられました。



この作品をリアルタイムで観れて、本当に良かったです。

劇中には普遍的な要素もたくさんありますが、この作品の描いている「今感」は、2016年の今しか体験できない気がします。

圧巻の2時間22分、是非劇場でご堪能ください。

やっぱり、ラストに妻夫木聡が泣く映画には、ハズレなし!
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