テオブロマ

シン・ゴジラのテオブロマのレビュー・感想・評価

シン・ゴジラ(2016年製作の映画)
4.8
脚本、特撮技術、撮影、演出、演技、音楽その他諸々の素晴らしさについてはすでに散々語られているので割愛するとして、私が本作を観て1番感じたのは、日本人のために作られた映画だということ。核に対する思いも人の死も、映画内で描写される全てのことがものすごくしっくり来るし納得できる。どこかで見たことがあると思う。

自衛隊の総力戦では全く歯が立たず、米軍の攻撃によって初めてゴジラにダメージを与えられた点、「さすが米軍だな」の声に苦虫を噛み潰したような表情を見せる花森防衛大臣、更にはその攻撃が内閣総辞職ビーム含む都内3区の徹底的な破壊を誘発した点など、日本人の神経を逆撫でするような意地悪い展開がとても良い。もちろん観ていて気持ちのいいものではないけど、その後の反撃のためには必要なことだったと思う。

ゴジラ殲滅のために核兵器を使うとなった時、当然そういう流れになるだろうなと分かってはいても反射的に覚えた嫌悪感を抑えきれなかった。これは恐らく日本にルーツを持つ人間にしか理解しえない感情だろう。
大学で英語の講義を担当していた米国人講師が、米国人のほとんどは原爆について「戦争を終わらせた!イェーイ!」くらいにしか思っていないと言っていた。彼自身は長く日本に住んでおり、日本人の奥さんも娘さんもいるためにそんな事は思っていないが、本国ではそういう意見が主流だと。それを聞いた瞬間教室の空気が明らかに硬くなり、私を含め受講生全員が真顔になったのをよく覚えている。
自国で核実験をして予期せず民間人を巻き込むのでもなく、他国に核兵器を落としてその影響を観察するのでもなく、他国に核兵器を落とされない限りは、この痛みは分からないのではないか。

観ていて特に恐ろしかったのは死が単なる事象として淡々と描写されていたこと。はっきり遺体が映ったのはゴジラ第2形態に蹂躙された瓦礫のカットでの1回きりだけれども、まだ生きている人間を見て、「あぁこの人は死ぬんだ」と確信する場面がいくつもあった。濁流から逃げようと死に物狂いで逃げる人も、荷物をまとめるために逃げ遅れた一家も、客も来ないのに1人出勤させられていた家電量販店の社員も、退避が間に合わず橋の下敷きになった自衛官も、たぶん皆死んでいる。ゴジラによる死はよくあることだし犠牲者は特別な人々ではない。落命する直前たまたま映像に映り込んでいたというだけに過ぎないので、彼らに関する続報などもない。このやけに素っ気ない感じが3.11を思わせて空恐ろしく、津波から逃げようと走る人や車と同じものを劇場で見せられた気分になった。

どうしても暗いことばかり書いてしまうけど素晴らしい点も書き切れないほどある。
ゴジラはどの形態も恐ろしいんだけど、特に第2形態はいつ見ても鳥肌が立つし、寝る前に観たら悪夢を見そう。あのどこを見ているのか分からないぼんやりした目と、手指もない未熟な前腕、臭そうな体液を撒き散らす鰓が最悪(褒め言葉)。第四形態はめちゃくちゃかっこいいので、純粋な気持ち悪さ不気味さで言えば第二形態が最高だと思う。ラストカットのエヴァ的なアレはゴジラの正体が核・放射能に対する怨嗟や怨念ってこと…?
また巨災対の面々は最高だし、真顔でしれっと挿入される笑い所は全部面白いし、神話モチーフの名称には否応なく気分が上がる。監督の大好きな字幕もゴジラ感やエヴァ感に溢れた音楽も、全てが映像とぴったり嵌っていて文句の付けようがない。
自衛隊の描写についても、身内の自衛官が「すごくよくできてる。自衛隊の良い広報ムービー」と語っていた。今年は念願の富士総合火力演習に行けたこともあって映画内での自衛隊の総力戦に大興奮してしまった。あと日本の緊急事態に乗じて対馬で不審な動きを始める某国とか、そういった部分まで現実的で良かった。

本作に欠点があるとすれば、石原さとみ演じるカヨコが出てきた瞬間にどうしても吹いてしまう所くらい?ルー語も笑いをこらえるのが辛い。カヨコごめんな。それ以外はどこを切り取っても最高な部分しかないし、Blu-rayが出たら即購入した方がいい。

・「え?動くの?」
・「今より、武器の無制限使用を………許可します」
・「(ゴジラの動力源について)ごめんなさい」
・無人在来線爆弾
・「やったか!?」の法則×2
ここら辺が特に好き。まだ4回しか観てないので公開終了前にもっと観に行かないと。

ちなみに本作を観に行った後、例のBGMに触発されたのかヤシマ作戦が観たいと夫が言うので、レイトショー帰りなのにBlu-rayを引っ張り出して『新劇ヱヴァ序』を観、翌日続けて『破』『Q』を観た。当時はポカーンだった『巨神兵、東京に現る』も、何かのインタビューで監督の妻・安野モヨコ氏も言ってた通り、この映画を撮るために必要なことだったんだなぁ。
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