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恋人たちのkouのレビュー・感想・評価

恋人たち(2015年製作の映画)
5.0
《どうしようもない絶望を前に》

橋口亮輔監督、篠原篤主演。2週間ほど前、念願叶ってやっと映画館で見ることができた。本当に素晴らしい作品ながら公開規模が小さく、こういう作品を多くの劇場で流してほしいと思う。邦画ならではの視線と演技力の高さ、現代の日本で広く公開すべき映画というのはこういう映画だと思う。本当に素晴らしい作品だった。

橋口作品の「ぐるりのこと。」は素晴らしい大傑作だったのだが、それに負けないほどの作品。通り魔殺人事件によって妻をなくし、橋の点検を仕事にするアツシ。弁当屋に務め、夫と姑と暮らす代わり映えのない日常をおくる瞳子。弁護士をする同性愛者の四ノ宮はある時階段を降りていると後ろから人に押され、足を骨折してしまう。そんな3人の日々を描く。恋をする相手のいない3人の物語。

どうしようもない絶望を前に、僕らはどうしようもない思いを持ちながら生きている。やりきれない事柄に、折り合いなどつけられるはずもなく日々を苦しんでいる人達がいる。怒りもどこにも向けられずに。そのどうしようもない日常は3人共に言えることだと思うが、特に妻を事件でなくしたアツシのシーケンスは毎回心がえぐられるように辛い。役所の場面や、病院での対応、他人から出た相手にとっては何気ない、悪意のない一言や行動が人を残酷にも傷つけていく。

そんな状態が進む中、彼に手を差し伸べる人物がアツシの上司、黒田だ。犯人を殺したいと言うアツシに「そんなことしたら、あなたとこうして話せなくなっちゃうじゃない。俺はあなたともっと話ししたいよ」という言葉は、この救いのない世界での唯一の光だと言える。他者により傷つけられ、冷酷に突き放される現実、それでも話をしたいと言ってくれる誰かがいること。僅かながらの光に涙無くしてみることができない。

映画の後半、3人がどうしようもない思いを胸に、独白をする。代わり映え無い日常に現れた男に希望をいだいた瞳子、古くからの友人をあることが原因で関係が壊れてしまった四ノ宮、そして開かれないドアの先で苦しみを吐き出すアツシ。彼らの独白は相手に届いていないそれぞれの吐き出された気持ちであり、どれも辛く、切ない。観ていて涙が止まらなかった。

映画のラスト、3人のほんの僅かであるが希望のある終わり方に、この作品の愛を感じ、とても感動した。アツシのとる行動と、その後に流れるakeboshiの音楽、エンドロール中しばらく涙が出てしまうほど、素晴らしいラストだと思った。また明日から生きていこう、そう思えた。

俳優陣がほとんど素人ながら、本当にいい演技で素晴らしい。脇を固める光石研や安藤玉恵、リリー・フランキーも流石だった。140分という時間があっという間に過ぎてしまうほど、誰もの心を捉える作品であることは間違いない。監督の経験がこの作品に反映されているということらしいのだが、本当に作り手が身を削って作った事が伝わる、血の通った作品だった。

見終わって二週間たった今でも心のなかに残り続けていて、これからも残り続けると思う。僕の中でもとても大切な作品となった。見終わった後は世界が違って見えたし、この映画に巡り会えたことを幸せに思った。何日か経ってみても歩きながら思い出して泣きそうになったり、自分の大切な人を大切にしていこうと単純ながら思った。人生の中でベスト級の作品と断言したい。本当に多くの人に見ていただきたい一作でした。傑作。
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