美しさに呑まれ、自分の人生を破滅させていく。まるで悪魔のようにその少年はアッシェンバッハに取り憑いていくのだが、それは少年の意図ではなく、無意識のうちにアッシェンバッハが破滅していく。
面白いと思うのはアッシェンバッハと少年はほぼすれ違うくらいの関係しかないということ。少年の意図は描かれないが、なんてことはないおじさんとよく目が合う、くらいなのかもしれない。それに対してアッシェンバッハは想像を膨らませ、魅力に取り憑かれていくのだ。
精神が感覚に勝るという主張をするアッシェンバッハは、現実社会で堅実に生きてきた人物である。それが美に取り憑かれて破滅していくのだ。後半、若作りするように顔を白塗りし、口紅と髪を染め、死の匂いが漂うベニスを彷徨うシーンは本当に見事。地獄への道のようだった。