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追憶の森のbutasuのレビュー・感想・評価

追憶の森(2015年製作の映画)
4.0
テーマと富士の樹海の相性が抜群。前半漂う不気味さと恐怖感が素晴らしい。

主人公が転落するシーンの迫力が凄い。夜、凍えていたところに雨が降って来て、やっと逃げこんだ洞穴に勢いよく水が入ってくる、という辺りは絶望感が尋常じゃない。まざまざと自然の大きさを目の当たりにさせられる。ぶら下がる死体やテントの中の死体も見せ方が効果的。

マシュー・マコノヒーは文句無し。痛がり方の芝居とか地味に本当上手い。火にあたったときのあの憔悴して縋るような表情とか素晴らしいし、続くたき火の独白シーンは圧巻。

妻は女性の面倒な部分を煮詰めた感じ。細かいことでイライラして夫をなじる、食事会の最中に皆の前で夫をなじる、夫の仕事を理解しようとしない、私ばっかり辛い目にあってるアピール、「帰りが早くて悪いの?」「謝ったでしょ」「あなたは正しいわ。これでいい?」「反論は?」「年収2万ドルで仕事と言える?」…フェミニストからの支持は得られそうだけど、個人的には大嫌いなタイプ。いや勿論昔浮気した夫が悪いんだけど、それにしても。子供もいないようだからさっさと離婚すれば良いのに。しかも結局その後に明かされる重病設定で、ことの本質がずれて誤魔化された感じがした。とにかく妻が出てくる度に不快で、早く樹海シーンに戻らないかなと考えていた。

渡辺謙は相変わらず英語は下手だが、とても良い存在感を出す。まぁたまたま樹海にいたサラリーマンにしては不自然なくらい英語話せる方だけど。ちょくちょくわかったふうな口をきいてくるのもそこそこウザいけど。

ただ、この妻と渡辺謙の嫌な感じは、不思議と後半気にならなくなってくる。というよりも、それが必要だったことがわかってくる。とにかく後半の1時間の展開はとても好き。妻との最後の会話や死に別れ方、名前の伏線回収など、巧妙で不条理で胸に来る。爽やかな女性とかではなくおっさんの渡辺謙にあの役をやらせたことで終盤まで違和感なく観られるし、だからこそ名前の意味に気付いたときにグッとくる。我々日本人は先に名前の意味に気付くだろうから、その分ずっと胸を揺さぶられっぱなし。決して粗のない脚本だとは思わないが、そんなことよりも気持ちを持っていかれるので、観ている間は然程気にならなかった。

人間の生についての儚さや虚しさ、だからこそ大切な日々の感謝や思いやり、そういったベタである意味面白味のないテーマ。しかし外国人にとっての富士の樹海、まさしく"異世界"である"煉獄"を舞台に描くことによって、このテーマをずっしりと描いた作品。樹海の怖さも巧みに映し出しており、自殺したくなくなることうけあい。評判はあまり芳しくないようだが、とても残念。個人的には忘れられない一作。
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