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モーリタニアン 黒塗りの記録のbutasuのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

凄い映画だった。こんな内容が実話として公開されているのにちっとも話題になっていないということに驚いた。

罪に関係なく権利を守るために行動する弁護側にジョディ・フォスター、生真面目な検察側にベネディクト・カンバーバッチというキャスティングが完璧。特に真実を知ったときのジョディ・フォスターの僅かな表情の揺れの演技は素晴らしかった。しかし何よりもこの映画で圧巻なのは被疑者の男スラヒを演じたタハール・ラヒム。人当たりの良さそうな顔や憔悴しきった顔をグラデーションで演じ分けることで、スラヒの精神状態を完全に表現しきっていた。

とにかく後半のあるポイントで差し込まれる10分間があまりにショッキング。延々と米軍による拷問が行われる様子をダイジェストで見せるこのシークエンスは、これだけのためにこの映画があると言っても良い白眉の出来。きつい姿勢、激しい光の点滅、爆音の音楽、極端に下げられた空調、睡眠の妨害、強制性交、水責め、そして母親の名前を使った脅し。文字で見てもゾッとするが、これを映像で見せられると心から恐ろしかった。素直にただただ怖くて、観ていて泣きそうになってしまうレベル。この10分間の演出があまりに見事で、観終わってからもずっとあの拷問シーンのことを引きずってしまっている。本当に怖かった。

「ラストキング・オブ・スコットランド」の監督だということを観終わってから知り、深く納得した。史実を元に権力を持った人間のゾッとする残虐性を描き、それが非常に背筋の凍るものであるという作家性は一貫している。見せ方もエグくて上手い。

スラヒの礼拝の時間を気にかけるナンシー(ジョディ・フォスター)がスラヒから「信仰を重んじる人だった?」ときかれて「いいえ、あなたを重んじてる」と答えるシーンがとても好き。

ようやく裁判が始まって証言が始まり、「良かったね…!」と感動していたら、「オバマ政権は更に7年彼を拘束した」というテロップが急に出てきて、もう思考が停止してしまった。何ということだ。あんまりだ。

スラヒの明るく快活で人当たりの良い性格が随所でさり気なく描かれているため、それがより辛い気持ちにさせる。ラストでは本人の映像が流れるが、本当に映画のままの人物に見えた。彼の奪われた人生を思うとやりきれない気持ちでいっぱいになる。
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