道人

この世界の片隅にの道人のレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
4.0
【2016.11.14 劇場鑑賞】

『この世界の片隅に』見届けてきました。原作が大好きで、映画化の報を聞き、監督が『BLACK LAGOON』の片渕須直さんと知った時「ブラクラの人かぁ、原作のテイストが随分違うけど、どうなるのかな」と思ったりもしたけれど、今は満面の笑みで「貴方が監督でよかった、ありがとう」と言えます。


 とにかくすずさんが可愛いんです(そして時々見せる「女」としての艶めかしさにハッとする)。声で命を吹き込んでくれたのんさんも素晴らしくて。本当に愛おしくて大好きになって恋をする。自分が大好きになった女性の目を通して普通の日常が徐々に深深と暴力に侵食されていく様を見るのだから、もう感情移入度がすごい事になるんですよ。淡々としているようでがっちり心を掴まれる感じ。
 私はフィクションの女性にも恋をするし、その恋人となった幸せな野郎には大人気なく嫉妬もしますが(笑)、周作さんがまたいい男でね…すずさんを間違いなく幸せに出来る男なもんだから「悔しいけど、お前に任せるぜ」ってなりますね。みんなも『この世界の片隅に』を見て幸せな失恋を味わえばいいよ!


 …晴美ちゃんが軍艦のことを楽しげに数えたり、軍服を素直に「格好いい」と言う昔の自然な日本の姿、日常と戦争、という事をこういう視点で、日々の営みの中に暴力が入り混じっていくのを見るのはとても辛いけれど、子どもの頃、初めて「戦争」というものを知った時の「あ、やだな」と思った、心の底の柔らかいところをそっと撫でて揺り起こされるような映画でした。
 戦争下でもすずさんの感受性豊かな目を通して見る世界は美しいです。
対空砲火の五色の煙すら美しい。遊郭という苦界に生きる女性たち、自分から見れば「非日常」を生きる女性たちを見るときも、まずはいい匂いのする綺麗なお姉さんたち、として見る、すずさんはそんな女性。


 そんなすずさんを通して昔の日本の日常を見ている時、画面に刻まれる年月が徐々に「8月6日」に近づいていくのに気づいて、義母・サンの「みんなが笑って暮らしていけたらいいのに」という言葉が胸につかえます。
 晴美ちゃんとの別れは特に辛いシーンですが、その無残な最期、繋いでいたはずの手ごと小さな命を奪われ亡くす(繋がっていた自分の心ごと持って行かれる)、といったことも日常だったんだな、と思います。終盤、原爆投下直後の広島で同じく片腕を失った母親がもう一方の腕で幼子を引っ張って力つきるシーン(このシーン、亡骸となった母の骸から蛆がざっと沸く音のおぞましさとそれを聞いた子どもの心を思って胸がズキズキしました)とも悲しくリンクしますが、劇中そっとすずさんの頭を優しく撫でる白い腕、そしてスタッフロールが流れた後、観客に無言で手を振る白い腕、あの腕はきっと、あの戦時下、己の腕の中で守りたかったもの、掴めなかったもの、抱きとめられなかったもの、育めなかったもの、そんな思いを抱えた数多の「腕」の集合体なんだろうなぁ、なんて思いました。


 しかしここまでこうの史代先生の漫画の世界を、線や色彩も含めて「動く絵」として豊かに描いているとは思いませんでした。私が特に心惹かれる「こうの先生の描く女性が目を伏せる仕草」をアニメを通してまた味わえて幸せ。キャラクターデザインの松原秀典さんの「アニメキャラへの翻訳」っぷりが見事でした。


 キャスティングも良かった。広島には住んだ事もなく、親戚や友人もいないけど、今私の頭の中には広島弁が心地よいリズムで漂っています。広島弁監修の栩野さんやガイド収録の新谷真弓さん、頑張ったんだろうな。哲役の小野Dと、晴美役の稲葉菜月さんも素晴らしかったなぁ。すずさんの心に残る二人の笑い声…私の心の中にも二人の笑い声がずっと残ります。


 …『この世界の片隅に』は初めてクラウドファンディングというものに参加した作品です。元々原作が大好きだった事と、片渕監督が映画化に向かっての助走期間からの記録であるアニメスタイルの「1300日の記録」が熱すぎて、少額だけど出資することを決めたのでした。こういう形での応援の仕方もあるんだと知った意味でも思い出深い作品になりました。
 クラウドファンディング関連のイベントは全て仕事の日にぶち当たって参加できなかったのがホント残念。でも劇中すずさんが大楠公の葉書に鉛筆を走らせる音を聞いてじんわり嬉しくなれるのは支援メンバーならでは。「私もあの葉書、すずさんからもらった事あるんだよ!」って。


【パンフレット 1000円】インタビュー、設定資料も充実した良い出来です。キャスト、スタッフリストもクラウドファンディング支援者も含め4ページにもわたって完全収録。あと良い手触りの紙を使っているので、すずさんのようにそっと撫でたあと鉛筆で絵を描きたくなります(笑)。
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