道人

斬、の道人のネタバレレビュー・内容・結末

斬、(2018年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

塚本晋也さん、俳優としては度々目にしていたんですが、監督作は初めて観ました。

オープニング、鉄塊から研ぎ澄まされた「刀」になっていく映像と音に圧倒されます。もちろん鉄塊でも人を殴れば殺せるけれど、その「人を殺す」ために研ぎ澄まされた「刀」という存在の強さと妖しさと危うさ。殺すことに特化した「武器」という存在にゾクゾクします。抜き身の刀身から、怪獣ギロンを思い出すような勢いのある「斬」という漢字のタイトル登場シーンも格好いい。

刀の鳴る音もいちいち格好いいんですよ。こんなに刀がおしゃべりな…というか雄弁な映像も珍しいというか。ギチギチなる音は刀自身が血を求めてるんじゃないかという不吉さだし、鞘と擦れ合う音は、刀を持つも者に力を与えてくれる無二の相棒感があったり。ラスト、無情に自失して彷徨う都築の手に吸い付いて離れない刀が地面を引きずられて鳴らす音ももの悲しく、恐ろしく響きます。もう都築は戻れないんだねぇ…。サウンド担当北田雅也さんの素晴らしい仕事。

山形は庄内で撮られたロケーションも美しいですが、絵の感触はどこか『タイムスクープハンター』的な、生放送ドキュメンタリー感がある不思議な手触り。戦場に「美しい死」なんてないのかもしれないね、という死体の数々。

暴力の循環が描かれた作品ですが、「たが」が外れる瞬間の絶望感がすごいですね。都築が指摘するように「顔」がもう「暴力が日常」になってしまっている面構えの源田が率いる無頼の一党。そんな彼らがギリギリ踏みとどまっていた「俺たちは悪い奴らにしか悪いことをしねえんだよ」という、身勝手ではあるけれど、すがってもいた「矜持」のようなものも、先に手を出されたからやり返して当然だろ、という「報復」「復讐」の「正当性」を得たら簡単にたがが弾け飛んでしまう。怖いなぁ、と思いました。ゆうが大盛りの飯に託す「強い力への純粋な憧れ」にも、いろいろ思うところがありました。きっと自分もそうなるだろうなぁ。

…塚本監督のメッセージ性を私が受け止められたかは疑問なのですが、「侍」「武士」というものを描いた映画として見ごたえがありました。
特に「殺人剣」に身を浸し切った、一国の師範レベルの達人、塚本晋也さん演じる澤村次郎左衛門の存在感に圧倒されました。塚本さん、今作のために北辰一刀流玄武館で剣の基本を学ばれたそうです。

澤村はマスタークラスの剣の達人ですが、己の生きる術、自己表現として「人を斬る」ことが日常になっている、「人が斬れない」都築からすると完全に「向こう側」の人物。侍としては完成品で、人品も立派な侍といった感じなんですが、とても怖い。己の手が剣と一体化しちゃっているような人は、こんなに怖いのか。

本作の殺陣の白眉ともいえる、賊のアジトの洞窟でのシーン。澤村の研ぎ澄まされた暴風のような無情な剣。彼の腕があれば一撃で絶命させられるはずなのに、あえて敵に「人生を振り返る」時間を与える。この、場数を踏んで人体の急所を知り尽くしているが故に、失血の激しい箇所(確実に失血死に至るポイント)・でも瞬時には絶命しない部位を斬って、斬った相手が見せる「走馬灯を見る末期の表情」を愉しむかのような澤村の微笑み。達人ゆえの破綻・傲慢さも感じられてすごかったです。

そんな澤村も、賊に一撃を受けて危うい中、己が剣才を認めた都築を追うことをやめない。まるで己の側に引き込もうとするかのように。この一連の森の追跡シーンでの、どこか朗らかな「おーい都築ぃ」という呼びかけが妙に心に残るんですよね。都築が「一人斬れば肚が座る」ことを疑わない(きっと自分がそうだったんでしょう…)、その都築が最初に斬る人になるのが己でも構わないという暗い欲望のようなもの、でも都築の究極の一撃を乗り越えられたら自分はまだまだやれるんだ、やれるはずなんだという、剣の求道と生へしがみつく感情がないまぜになった感じ(木にもたれかかって自分の失血量がヤバイことを自覚しながらも「うん、うん」と空回り的な気合を入れて「元気になった」とゆうに見せる笑顔の怖さよ)…「剣の道の求道」と「殺人剣というものへの奉仕(奴隷)」って紙一重なんだなぁ、と思いました。

この作品で一番心に残ったのは、己の剣をもって「時代を動かす」気概を持つ澤村が、始終「時がない」と焦り、「時代が動いてしまう」ことに怯えているところでした。「動く」のではなく「動いて」しまう。この事実から逃れられない澤村の表情。時代の主役になれない、時流に乗り切れなかった人間たちが浮かべて来たであろう怯えの表情を凝縮したような、澤村が口を覆い目を見開いた慄きの表情がずっと心に残ります。いや、後世から見たら「時代を動かした」人間たちもきっと、こんな表情を浮かべる瞬間はあったんだろうなぁ…。

【2018.12.01 (2D)】

【パンフレット】800円 
時代考証・大石学さんのコラムが読み応えあり。ただ誤植なのか…明和8年って西暦だと1769年じゃなくて1771年だよなぁ…。
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