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この世界の片隅にのBGのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
5.0
本作は戦争映画ではない。同時に、どうしようもなく戦争映画だ。戦場は描かれてはいないのだが、描かれていたのは、やはり戦場だ。つまり、日本はかつてそんな戦争をしていたということだ。
できれば映画館で観てもらいたいが、無理ならばDVDでも何でもいい。いつか観てもらいたい。傑作であることは言うまでもないが、多くの人に観て欲しいと願う作品だ。

物語は、主人公すずの少女時代から始まる。絵を描くのが好きで、少しのんびりした性格だ。タイトルバックに広がる大空は、抜けるような青空ではなく、でも美しくも穏やかで、すずと彼女を取り巻く世界を表すようだ。

やがて、すずに縁談が持ち上がり、広島から呉へと生活の場を移す。夫である周作とその家族達とのユーモア溢れる生活描写が続くのだが、徐々に戦争の色が濃くなっていく。
それでも、すず達北條家の生活は変わらない。洗濯をし、草を摘み、食事を作る。風呂を焚き、掃除をし、裁縫をする。物資は乏しくなり、空襲警報が鳴り、庭には防空壕を拵えることになっても。そして、呉軍港空襲、原爆投下を経て、終戦を迎える。

すずは軍港である呉の町外れで暮らしている。描かれるのは大半がその何気ない普通の生活だ。可笑しければ笑い、時に怒り、家族の日常を生きていく。平和な現代で暮らす僕らと何ら変わりはない。それが何故、奪われなければならないのだろう。理由はたった1つ。戦争だからだ。それが戦争なのだ。

当然ながら悲劇は起こる。しかし本作が描くのは、その悲しみではない。主人公すずは、喪失と苦悩の中でも、それでもなお普通に生きようとする。今生きているこの場所が、生きているこの今が、自分の人生だから。
たんぽぽの綿毛のように、風に運ばれて辿り着いた見知らぬ土地。でも。どれだけ奪われようとも、愛する家族と暮らす家があり、それを望んでくれた人がいて、帰ってくる家族がいる。負けてやるもんですか、と。ここが北條すずの戦場だ。
この世界の片隅が。

やがて、物語は再生へと動き始める。失われたものは、決して戻りはしないけれど、それでも命は続くのだから。その先で、僕らは今、生活している。犠牲のもとになんて、とんでもない。戦いの末にだ。
だから、鑑賞後に訪れる想いは悲しみではない。日常の愛しさであり、大切さだ。翻せば、それらを簡単に奪い去る戦争の残酷さでもある。

アニメーションならではの表現が要所で使われていて、とても印象的だ。淡い色彩で描かれるが、ここぞと言う場面ではケレン味溢れる表現をぶつけてくる。すずの声を当てている能年ちゃんことのんも、幼少時代を除き、すずと言う人物にはピッタリだ。
音楽も、切なさも残しつつ、心に強く響く。また、笑いのテンションが少しずつ上がる構成は見事の一言。戦争映画で笑っていいのかな?っていう観客心理を読み切っている。
とにかく、そのテーマ性のみならず、映像表現としても本当に素晴らしい作品だ。

長々と書いてきたが、結局、私の言葉ではとても書き尽くせない。だからこそ、多くの方に観てもらいたいと強く思う。アニメだから、戦争映画だからと二の足を踏む気持ちは分かります。しかし、平和が続いている今だからこそ、観るべき作品。日々が愛しくなる、後年に残したい歴史的大傑作です!笑えて、泣けて、世界が変わる!ぜひ劇場で。

補記:コメント欄に例のバケモンとリンさんについてネタバレ解釈
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