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ハッピーアワーのしてぃぼのレビュー・感想・評価

ハッピーアワー(2015年製作の映画)
4.6

バツイチで看護師としてバリバリ働くアカリ。中学生の息子を持ち専業主婦として家庭に専念する桜子。編集者の夫・拓也と暮らす学芸員の芙美。生命物理学者の夫・と離婚調停中の純。30代半ばの仲良し4人組はある日、参加したワークショップの打ち上げで純が不倫しており、離婚調停中であると知る。そこから4人の関係性の歯車が微妙に狂い出す。

2013年9月から5カ月間行われた「デザイン・クリエイティブセンター神戸」での即興演技ワークショップの受講生17人の中から選ばれた演技経験のない人達メインで撮られた作品。2時間、3時間にカットするパターンもあったそうだが、最終的に20分程削った317分版に落ち着いたそう。

4人と4人を取り巻く人間関係が少しずつクロスしながら、徐々に狂っていく様子を映すにはこの時間が必要なんだと思う。中弛みはほぼ無かった。「重心」を知るワークショップで、立っていた椅子が押すだけで倒れる絵力の強いシーンがある。これはこれからの4人の関係性を暗示していたのかな。心の中でずっと抱えていて、それが正しくて言った方が良い事でも、言えない時が人にはある。というか自分はそうなだけかもしれないが。そんなもどかしさや回りくどさを描いた秀逸な作品。

以下散文的感想。

・重心を知るワークショップ
まず講師の鵜飼が独特。社会学者の古市さんのような雰囲気。ワークショップの内容も奇妙。椅子の重心、正中線を合わせる辺りは面白さが勝つが、はらわたに聞く、額を合わせるは人間の神秘というか、耽美的な領域に触れているようで面白い。肌と肌を重ねさせる少しデンジャラスな事をしているが、それを意識する方が自意識過剰なの?という絶妙なバランス。打ち上げで桜子に近づく鵜飼の旧友の不気味さ。純の告白を機に物語は急転直下。

・朗読会
芙美が携わる朗読会に、拓也が担当している作家・能瀬が招かれ鵜飼とのトークショーもセッティングされる。有馬旅行で仲直りをしたかのように見えたが、純は参加せずそのまま一人で旅立ってしまう。論理的で効率的な選択ばかりしそうな鵜飼が、ここでもやはりトークショーを当日ドタキャンして、アカリを誘い出す奇妙な行動に出る。やっぱりこいつも中々の奴だったなとここで分かる。一方で代打でトーク相手を引き受けた純の旦那が、非常に頭脳明晰で機転の効く一面がある事が明らかになる。物理学者という設定もここが初出。能瀬の作家性について、「目の前を通り過ぎる事を無理に捕まえようとしない」良さと悪さについて語るシーンはかなり見応えがある。

打ち上げは本当に最悪のシーン。なぜこの人達は打ち上げでこんなギスギスした空間を毎度作れるんだろう。息子が中3で子供を孕ませてしまったストレスもあっただろうが、桜子も嫌な感じだった。アカリみたいにストレートに言い過ぎて。拓也も彼女の前で若い女の先生を庇いすぎてこいつに共感性という感覚がないのかと思った。


・登場人物について
あかりは本当に苦手なタイプ。勝手に仕事論を語ったと思えば浅い地雷でブチ切れたり、友人の不倫とは言え余りにもズバズバつけ込んできて、最終的に大きな物音を立てて不機嫌さを顕にしながら帰ったり、ナーバスになっている芙美の心の中にズケズケと踏み込み挙句の果てに表面的な関係に見えるとか、能瀬さんと居る時の方が拓也がリラックスしているように見えるとか…勝手に外から決めつけの意見を言わないでほしい。自分のミスを棚上げして後輩を怒鳴りつけるシーンはキツかった。

サクラコは自他関係なく悩み事があれば常に積極的に解決しようとする。息子の一件以降人が変わったかのように、ストレートな感情表現をしたり、あまつさえワンナイトした事を夫に告げたりと色々狂っていくが、「自分の物差しで人を測るアカリに本当の事なんて何も言わない」「本人でもない人が本人の感情を語るのはおかしい。自分に都合のいい発言をしているだけ(要約)」「お父さんやお母さんのこと、大人と思ってるやろ?○○(息子)が案外子供でないのと同じ。そんな頼られても困る」と言ったセリフはかなり刺さった。

純は不倫をしているとは言え、かなりまともな部類に見えた。バス内でのタキノ ヨウコさんとの会話はかなり好き。積極的に絡みに行くコトを起こせる人ってなんだか面白い。

芙美は4人の中で1番しっかりしているし、我慢してそう。温泉宿で麻雀をしているシーンとか、普通あんな酷い事をアカリに言われたら牌を投げてしまうかも。考え事をしたくなって、朝まで歩いて帰る…とか泣けてくる。

■好きなシーン
・ワークショップと朗読会はリアルにその場に居合わせた感覚に陥る。あれでも一部分だけで削ったそうだが、没入感があって好き。
・タキノヨウコと純のバス内での会話。お爺ちゃんが亡くなった時に、お父さんからどこかに旅立ったと聞かされ、それを1年間信じ込んでしまっていた話。今バスに向かって目的地に行くのも、父が脚立から落ちたから…という理由だけど、そんな嘘を
つく父の事だから本当かどうか分からない。濱口監督って「その長回しにするんだ?」みたいに撮る時があるけど、日常会話の中でも少し面白い方の話って結構聞き込んでしまって、めちゃくちゃ楽しいんですよね。純が離婚調停中という予想外の答えに言葉が詰まり、気まずくなった所で目的地が近づいた…みたいなのも絶妙。本当にもう降りるつもりだったんだけど、めちゃくちゃ良いタイミングで押せた…みたいなニヤリとしてしまう面白さがある。
・息子が妊娠させた件で相手の家に謝りに行った帰り道。「なんでこっちが全部悪いみたいに言うかね?」とにかく事実に対して真摯に謝罪していた時とのギャップ。これが経験値って事なのか。
・能瀬が拓也に対して打ち上げ後の車中で放った台詞。「本当の事を何も話してないから楽しいって言う事もあるんじゃないですか」「嫌な事を言うね」
・鵜飼の知人が桜子を電車の中に手招きする。絶対に1発撮りでしかできない中で、見事なカメラワークと演技
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