Inagaquilala

ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐのInagaquilalaのレビュー・感想・評価

4.3
かつてニューヨークの5番街にあったスクリブナーズの書店を見に出かけたことがある。59丁目のセントラルパークサウスから5番街をしばらく歩いて行くと左側にこの映画に出てくるようなクラッシックな雰囲気を漂わせて書店は建っていた。

そのスクリブナーズが、数々のアメリカ文学の名作を生んだ歴史ある出版社であることは、そのときに知った。その後日本に帰り、スクリブナーズの編集者であるマックスウェル・パーキンズの伝記、A・スコット・バーグの「名編集者パーキンズ」を読み、「スクリブナーズ(正確にはチャールズ・スクリブナーズ・サンズ)」という出版社と「パーキンズ」という編集者の名前は強く記憶に刻まれた。

それから約30年、あの本を原作にした映画が誕生するとは、ゆめにも思わなかった。映画では主にトマス・ウルフとの作業が物語の 軸となっていたが、原作の伝記では、パーキンズの生い立ちから始まり、ウルフだけでなく、スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイとの仕事も詳しく書かれていた。

もちろん、劇中でフィッツジェラルドもヘミングウェイも登場するが、この映画はウルフとの、まさに文学上の「父と子」のような関係が描かれている。

小説の編集者のひとりでもあった自分としては、この映画には随所に心に響くものがあった。パリから帰ったウルフが、パーキンズとともに自分がかつて住んでいた貧しいアパートの屋上に立ち、ニューヨークの街を眺めながら、「大昔、人間は暗い洞窟の中で火を囲み、外に獣の声を聞きながら、誰かが物語を語り始めた。暗い闇に克つために」というパーキンズの言葉は、自分の考えていた物語発祥の風景とまったく同じであることに驚く。

ジュード・ロウが演じるトマス・ウルフは実際にはかなりの大男だったらしいが、ロウはそのエキセントリックな役をこれでもかというほど過剰に演じていた。

対照的に、終始、冷静沈着なパーキンズをコリン・ファースはハマり役のように見事に演じていた。映画の中では、レストランでも帽子を取らないパーキンズなのだが、最後ウルフからの手紙を読むときには、彼の頭にそれはなかったように感じたが、もう一度、確かめてみよう。

またいつものことだが、売らんかなのミスリードな「ベストセラー」というタイトルは、この映画の内容を正しく伝えていないので、ひと言、書いておく。
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