かなり悪いオヤジ

ノクターナル・アニマルズのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

ノクターナル・アニマルズ(2016年製作の映画)
3.0
監督トム・フォードのデザインするスーツはなんと一着20~50万円、ジェームズ・ボンドの衣装としても採用されている超高級ブランド。トム・フォード自身、自分が商業ファッションデザイナーであり芸術家ではないこと、かつゲイであることを公言しており、本作の中でも(アートを消費財として扱う)女性に対するシニカルな視点を感じることができるだろう。

スーザン(エイミー・アダムス)は現代アート画廊のオーナー。映画タイトルバックのビッグマック・ダンサーズについては、トム・フォード曰くフェイクアートのそのものを表現しているという。20年前、小説家志望のエドワード(ジェイク・ギレンホール)と結婚したものの、(資産家の母親の予言どおり)エドワードの間にできた赤ちゃんを中絶、エドワードを捨て金持男(アーミー・ハマー)の元に走った過去がある。一応の成功はおさめたものの心にぽっかり穴があいたスーザンの元に、エドワードが書いた一冊の小説原稿が送られてくるのだが・・・

トム・フォード自身が本作のインタビューに応えているので、為参考で以下コピペさせていただく。
〈マイケル・シャノンが演じる役は典型的なアメリカの正義の味方で「見つけ、捕まえ、復讐を果たせ」という囁きを小説の中で表している。実際の世界ではエドワードの「小説を書き、スーザンに送り、自分が勝ったことを見せつけてやれ」という声なんだ。〉
〈この物語は僕にとって、人を投げ捨てにしてはいけない、という事を表している。現代、僕らはなんでもかんでも簡単に捨ててしまう文化の世界に住んでいる。すべては消耗品で、人間すらも捨ててしまう。〉
〈個人的に偽物(フェイク)アートを見ると嫌な気持ちになる。中身が空っぽで、本物の芸術家が作るようなクオリティがない作品なんかね。エドワードは小説というアートを通してスーザンとコミュニケーションをとろうとしているんだ。〉

映画タイトルが複数形になっていることから察するに、『ノクターナル・アニマルズ』とは、小説の中の保安官、レイパーズ3人組そしてスーザン自身をもさしているのではないか。法よりも暴力、愛よりもSEX、そして芸術よりも商業的成功を選んだ、物質主義という現代の煩悩に堕ちた人間たちを批判的に見つめた作品なのだろう。

スーザンに送られた小説は、自分を捨てた元妻への復讐という目的もあるのだろうが、本作においては別の意味が含まれているような気がする。エドワードが小説にそえたコメントに「(かつて芸術家としての自分を愛してくれた)あの頃の作品とは違う」とあるように、芸術というよりスリラー風の一種娯楽小説に近い内容だ。もはや真の芸術とフェイクアートの区別すらつかなくなっていることをスーザンに自己認識させるとともに、それをエドワードが(意地悪く)見極めるため、あんな小説を書いてわざわざ送りつけたのではないだろうか。

小説を読んだスーザンが「会いたい」というメールをエドワードに送信した時点で、すでに答えは明白。芸術家としての自分を愛してくれたスーザンではもはやなくなっている事実を確認できた以上、エドワードが店に現れなかったのも当然といえば当然なのだ。自分のデザインするスーツが、サルトリアのマエストロたちが仕立てるビスポークに遠く及ばないことをトム・フォード自身熟知してはいるが、偽物の区別がつくだけまだましだろうという、シニカルな自負が感じられる1本である。