かなり悪いオヤジ

パスト ライブス/再会のかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

パスト ライブス/再会(2023年製作の映画)
3.0
もしも経験値のある映画監督だったら、ラストあんな不粋なエンディングには持ち込まなかったことでしょう。ウディ・アレンの『マンハッタン』のように雨に濡れるNYを舞台に、24年ぶりに再会した幼なじみの韓国人男女を、リチャード・リンクレーターの『ビフォア・シリーズ』のような演出で描いてみせた本作は、アングロ・サクソン系の評論家筋にはなぜかすこぶる評判がよろしいのです。

確かに現在の韓国映画界は才能ある女流作家がてんこもり状態なのですが、アメリカ配信ドラマのシナリオに多少携わった程度のキャリアしかない本作監督セリーヌ・ソンを、それと同列に考えるのは無理があると思うのです。過去の恋愛映画から部分的にいいとこ取りをしただけで、本作にはオリジナルの演出やシナリオの捻りをまったく感じなかったからなのです

ではなぜ、他の映画祭ではほとんど無視された本作がアカデミー作品賞にノミネートされるまでの評価を受けたのでしょうか。本作が公開された2023年度は、コロナ開けをまって巨匠系がこぞって賞狙いの作品を出してきたため、アジア系の著名監督がバッティングをおそれ出品を控えたといいます。多様性を何よりも重んじるアカデミー賞にあっては、対面的にバランスをとるために仕方なく、ほとんど経験値のないアジア系女流作家のデビュー作品を無理やりノミネートに押し込まざるを得なかったのではないでしょうか。

そしてもう一つ、本作にはあざといプロパガンダが隠されているのです。本作は基本的に、韓国系アメリカ人のノラが、ユダヤ系アメリカ男アーサーと韓国人男ヘソンの間で揺れ動くメロドラマなのですが、そのヘソンのファッションのダサさ、ならびに、ヘソンがアメリカよりも中国にビジネスチャンスを見出だしていることにまずは注目したいのです。つまりこのノラに未練タラタラの優柔不断男ヘソンを北朝鮮(または中国)のメタファーと考えると、本作はまったく別の見方をすることが可能なのです。

つまり、過去(Past Lives)に8000のイニョンによって結ばれた北朝鮮または中国(ヘソン)ではなく、現世のパートナーであるアメリカ(アーサー)との友好関係を選んだ韓国(ノラ)のお話に置き換えることができるのです。映画としてはラスト、長い間見つめ合った2人が動いた瞬間にカットする、余韻を遺すエンディングがベストだったと思うのですが、政治的にはっきりと韓国=ノラがアメリカ=アーサーを選択したことをみせる必要があったのでしょう。