かなり悪いオヤジ

逃げきれた夢のかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

逃げきれた夢(2023年製作の映画)
3.5
二ノ宮隆太郎の映画に登場する主人公は、前作『お嬢ちゃん』の萩原みのり(主人公の名前もみのり)と同じように、それを演じる俳優そのものにかなり近いキャラ設定がなされているようだ。今回光石研演じる定時制高校教頭の末長はといえば、名前こそ違うものの、光石自身のお父様が父親役で登場、さらに光石研の故郷九州黒崎でオールロケが行われている。おそらく、ドキュメンタリー効果を狙ったこの監督オリジナルの演出法なのであろう、シナリオも光石研をあて書きにした代物だという。

そのちょいモキュメンタリーな物語で語られるのが、映画冒頭とラストに映し出される白いモヤモヤから分かるように、“誰かさんの夢”なのである。一見すると、光石研演じる教頭先生の“夢”のようでもあるが、それはどうも違う気がする。黒崎のような地方都市では、公務員という職業は安定性抜群の勝ち組仕事、定年を迎えた後でも高い年金がもらえる、非正規にとっては“夢”のようなお仕事なのである。じゃあやっぱり人生逃げきれた男の話なんじゃねと問われるのだが、やっぱり素直にうんと頷けない。

この教頭先生、病院で余命数ヶ月の宣告をうけ、逃げきるどころか人生から強制退場させられてしまう寸前だからなのである。不治の病におかされている割には、定食屋の支払いを忘れる程度で記憶力は抜群。学校の生徒や、認知症の父親が世話になっている施設、地元の幼なじみをたずねてまわり、残り少ない人生を有意義にすごそうとするのだが、どうも気持ちは満たされない。それどころか旧友(松重豊)から「自分勝手」とさとされ、定食屋でバイトをしている生徒からは(冗談で)退職金をせびられてしまう。

妻や一人娘との家族関係はとうの昔に破綻していて、「学校をやめてもいいか」と伝えても「どうせ後一年だし、別にいいんじゃない」のつれない返事。要するにこの末長という男、みんなに好かれようと周囲に気を遣いすぎたあまり、逆にうざがられていたことに気づくのである。ラスト「後悔せんごつ、生きてもいいんか」と生徒を置き去りにして、さっさともと来た道を帰っていく末長。それは、観客に好かれるような商業映画に決別を告げ、人生後悔しないよう撮りたい映画を撮ろうと決意した二ノ宮隆太郎の後ろ姿ではなかったのか。そうこの映画は多分、二ノ宮監督自身の“(鬱陶しい世間のしがらみから)逃げきれた夢”だったのだろう。