YasujiOshiba

メッセージのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

メッセージ(2016年製作の映画)
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『ブレードランナー2049』に向けてドゥニ・ヴィルヌーヴの祭の続き。今のところこれがベスト。SFの新たな古典誕生だ。

映画というのは、その娯楽の核心を見世物(グランギニョル)に遡るものなんだろうな。つまり、くつろぎ(ハイムリッヒカイト)のなかに不気味なもの(アンハイムリッヒカイト)を持ち込むことを旨とするわけ。どんな芸術だって、多かれ少なかれそういうところはあるけれど、ぼくの個人的な嗜好は、そこに向かっているんだよね。

そんなぼくからすれば、ヴィルヌーブは正統的な映画の作り手だ。その自由自在なカメラは、息苦しいまでに接近し、焦点のぼやけに包み込むかと思えば、さっと風を入れ、舞い上がる俯瞰へと誘い込むのだが、そこに常に、ここは安全なテント小屋だよというキューが出されてもいるわけだ。

そんなくつろぎの小屋のなかで、ぼくらはワクワクしながら、あの不気味なもの(アンハイムリッヒ)の登場を待てばよい。ドラムロールの代わりに、執拗な低音が響き渡るのは彼の署名のようなもの。ゆるやかに始まる物語がとらえるのは、前世紀初頭のような運動イメージではなく、今世紀にむけてますます洗練されて来た時間イメージなのだけれど、それはもはやキューブリック/クラークによる直線的で超越的な時間ではないし、だからといって太古のウロボロス的で円環的な時間でもない。

ぼくの貧弱な語彙ではうまく言えないけれど、ここにあるのは、メビウスの輪がもたらす位相幾何的な驚きを伴う時間概念。ひとつひとつはバラバラで繋がりながないように見えるから、ラプソディー的なのだけど、気がつくとぐるりと繋がって、ひとつの位相幾何学的な空間・時間を作っているという感じ。

こういう時間イメージって、イニャリトゥの『アモーレス』、『21グラム』、そして『バベル』なんかにも見られるわけだけど、そいつはあくまでも新たな時間イメージに向けた映画の実験。けれど、ここにあるのは、そうではなくて、テッド・チャンによる原作『あなたの人生の物語』の、たとえば次のようなセリフに触発されながら、あらたな時間イメージを、じつに古典的な方法でとらえながら語る、語りの技法のひとつの完成形ではなかろうか。

「未来を知るという経験は人間を変えたりはしないのだろうか?未来を知る経験によって彼女が、なんらかの切迫感、義務感が喚起され、そうするとわかっている通りのことをしてしまうのだとしたらどうだろうか?」
"What if the experience of knowing the future changed a person? What if it evoked a sense of urgency, a sense of obligation to act precisely as she knew she would?" (Story of Your Life, wikipedia)

 未来とトポロジカルにつながってしまうというこの小説の設定を、ここまで見事に映画化できたのは、ほかならぬヴィルヌーヴの手腕なのだろうか。あるいは、彼ほどに未来と過去がトポロジカルに絡み合う「不気味さ」を表現するのに適した監督がほかにいなかったということかもしれない。

それにしてもである。いったいこの映画はどこに向かっているのかと、楽しみながらハラハラできた映画は久しぶりだ。しかも結末が見えてなお、その結末を楽しめるなんて、そんな映画はおそらくこれが初めてではなかろうか。

いやはやこれには
ハットオフ。
ひとり立ち上がり
なみだ拭きながら、
やんややんやの大拍手。
YasujiOshiba

YasujiOshiba