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メッセージのJTのレビュー・感想・評価

メッセージ(2016年製作の映画)
5.0
今でもずっとこの映画を初めて観た時のことを鮮明に覚えている。まだ学生だった時、実家の狭い自分の部屋で小さなスクリーンで、観終えた後すぐに後悔したことも。ちょうどその時はこの映画の上映が終わってレンタルが始まっていた時だったから、映画館で観れなかったことを酷く後悔した。でもその日から自分の中の全てが変わってしまった気がした。そんな経験は人生で数えれるほどしかない。例えば初めてRadioheadの"Fake plastic trees”を聴いた冬の夜。カナダでパンデミックの頃に出会ったBen Howardの"Time is dancing"とか、以前には存在していなかった感情が塗り替えられる瞬間が稀にある。そしてこの作品を去年にリバイバル上映で劇場で観た。映画が始まる前に震えていことを覚えてる。たぶん冬で寒かったからかも知れないけど緊張していたのだと思う。

始まりの美しい劇伴と静かな語り。走馬灯のように映し出される記憶の断片とその情景。開始の1秒でその物語の一部になったような気持ちにさせられる作品はそう多くない。ルイーズの記憶がまるで自分の記憶のように愛おしく悲しいものになる。ヘプタポッドが初めて彼らの言語をあの白い空間に真っ黒なイメージで描き出すシーンで涙が出た。理由のわからない涙だった。きっと新しいものとその美しさを作ることの尊さみたいなものにただただ感動したんだと思う。決定的な瞬間だった。自分が映画に魅了され後戻りができないほどに、映画をただの趣味として捉えられなくなった。もう変わっていた。ルイーズがある記憶を見始める瞬間から、ものの感じ方、音の聞こえ方、言葉の美しさ、記憶の儚さ、時間の捉え方、一生の在り方、何もかもが新しく記録され始めた。始まりももうわからない。終わりもないように思える。この物語がなかったら今の自分はないくらいに、愛を愛として、この作品を、そして言葉を贈りものとして受け止める。

物語はいつだって壮大で、人生はいつも不思議に満ち溢れ、こどもの頃からその大きな何かばかり気にしていた。でも違った。大人になるにつれてその壮大の裏にある小さなものに気づき始めた。見えていなかった。そこにある本質みたいなものはいつの時代もずっと変わらず、描き方や表現だけが変化して、そこにそれぞれの経験や感情が背景として位置して物語が渦巻いている。ドゥニ・ヴィルヌーヴの『灼熱の魂』の根底が『メッセージ』のそれと同じように、つまりは私たち人間で、その心と思考だ。私たちの母がどこまでいっても母であるように、母たちの子どもがいつまでも子どもとしてあるように、その変わらない真実はいくつもの物語に形を変えて、その感情は時空をも超えて、また静かに語り出される。時間がずっと踊り続けるように、音楽はずっと流れ続けるように。そして何度も問う。あなたはそれでもその運命を変えたいか。いつか自分がそれを語れる日がくるまで、もっともっと過去を、未来を、おもいだしていきたい。
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