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フローレンスは眠るのkaomatsuのレビュー・感想・評価

フローレンスは眠る(2016年製作の映画)
3.0
小林克人・健二兄弟監督による、2009年の劇場デビュー作『369のメトシエラ』は、寓話と社会問題をクロスオ―バーさせた着想が素晴らしかった反面、説明過多なセリフと、やたらと芝居がかった感傷的な演出がとても惜しい作品だった。そんな前作を上回ってほしい…という期待は、実はそれほどなくて、日本の女性ヴォーカルの頂点に立つ吉田美奈子さんの代表曲「時よ」が、石井岳龍監督『蜜のあわれ』で音楽を全面担当した森俊之氏の極上のピアノと共に、エンディング・テーマとして新録で聴けるというのが、個人的には最大の鑑賞ポイントだった。

旧態依然とした体質を持つ同族経営の化学工業会社で、社長秘書を務めるイケメン主人公(会社が過去に隠蔽した事件の犠牲者となった女性の息子)が、会社への復讐を画策。新社長を誘拐し、身代金ではなく「フローレンスの涙」という幻のダイヤモンドを要求するのだが、会社側は誘拐犯の要求を無視する。それほど会社にとって重要な「フローレンスの涙」に隠された、驚愕の真実とは…。

黒澤明監督の傑作『悪い奴ほどよく眠る』と『天国と地獄』をドッキングさせたような豪華なストーリー展開に、小林兄弟監督の“クロサワ愛”が濃厚に感じ取れた。が、旧財閥然とした同族経営会社の暗部を現代に当てはめたクライム・サスペンスというのは、かなり時代にそぐわない感があった。いい大人が感情に身を任せた復讐劇というのも、何だかテレビの2時間枠サスペンスドラマにありがちな不自然さだし、男優陣の苦虫を噛みつぶしたような表情も、これまたステレオタイプ的。そして、役中人物のセリフがほとんど、ストーリーの直接説明になっているのは最大の弊害だ。映画におけるストーリーの説明過多は、観る者の想像力の自由を奪う。概念や心象、空想、意識の流れなど、形なきものを映像化することに目を向けてくれたら、もっと面白くなるのに、と残念に思う。ただ、どんでん返しのラストや、ラストシーンのワンカットに至っては、それまでの映画全体の重く脂ぎった雰囲気をガラリと変えることに成功していて、秀逸だった。貫禄のベテラン勢が脇を固め、癖の強い各々のキャラクター造形がしっかりとしている点も併せて、前作から数段進歩ありと見た。

そういうわけで、ストーリーにはあまり酔えなかったが、エンドロールで流れる吉田美奈子さんの歌う「時よ」は、やはり感涙モノだった。1978年に発表し、かつて山下達郎氏もカヴァーしたこの名曲を、吉田美奈子さんを敬愛する小林兄弟監督のたっての願いで、この映画のために再録したという逸話を、美奈子さんご本人がライヴのMCで語っていたのを思い出す。この曲を生で聴き、映画で聴き…ただそれだけで満足の+1点加点。
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