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海よりもまだ深くのhigashiのレビュー・感想・評価

海よりもまだ深く(2016年製作の映画)
4.4
是枝作品に、ハズレなし。

大好きな作品「歩いても 歩いても」に近い、
壊れてしまった家族のちょっと心温まる傑作ヒューマンドラマ。

是枝監督、やっぱり大好きだー。


15年前に1度だけ文学賞を受賞したことのある良多(阿部寛)は、「小説のための取材」と理由を付けて探偵事務所で働いているダメ男。良多は離婚した元妻の響子(真木よう子)への思いを捨てきれず、響子に新しく恋人ができたことに呆然としていた。良多、響子、息子の真悟(吉澤太陽)が、良多の母・淑子(樹木希林)の家に偶然集まったある日、台風が直撃し、一夜を皆で過ごすことになる。(シネマトゥデイ)


映画のオープニング。

決して綺麗とは言えない狭い団地の部屋の中で、
小林聡美さんと樹木希林さんが、何気ない雑談を繰り広げる。

「フィギアスケートが…」
「フィギュアね!」

この時点で、もう良い。
年配の方ばかりの映画館も、クスクスとした笑い声に包まれる。

彼らが親子なのは、会話を聞いていればすぐにわかる。
「そうそうこんな会話してるよね」
という日常を切り取るのが、是枝監督は本当にうまい。
役者の人たちが、全部アドリブでやっているんじゃないかと思うほど、自然に見える。

息子の阿部寛も、家にやってくる。
離婚した妻への養育費が払えず、金目のものを物色しに来たのだ。
結局、何も見つからず、親子の何気ない会話が始まる。
ここでもクスクス笑いが止まらない。
まるで漫才を見ているみたいに、絶妙なテンポで会話が繰り広げられる。

是枝監督は、劇中に分かりやすい説明を入れない。
だからこそ映画を見ていて、日常のリアルな感じがある。
ここでこう感じて、こう言って、だからこの人たちはこういう関係性!というのを、明確に表さない。
でも、それが表情や会話を聞いているだけで、なぜか伝わってくる。
これが本当にすごい。いつまでも見ていたいと思わせてくれる。


とにかく役者の方々の演技がナチュラルで、素晴らしいの一言。
阿部さんも見事にダメ男だし、真木よう子さんの幸薄さも絶妙で、池松くんのヘラヘラしていながらどこか悲しげな感じもすごく良くて、樹木希林さんは、もはや日本人全員が自分のおばあちゃんだと思い込むレベルの名演。
その中でも、息子を演じた吉澤太陽くんの演技が光っていました。
まっすぐで、素直で、お父さんのことが好きで、でもモヤモヤしていて。
タコの遊具に行くぞ、とお父さんから言われ、喜ぶ表情がすんごく良かった。
思春期に突入しかけの男の子、そのものでした。


心に響いた言葉も、本当に多かった。

「幸せっていうのは、何かを諦めないと手にできないものなのよ」

「女性は上書き保存っていうけど、そうなのか」
「油絵みたいなものです。上塗りするだけでずっとここに残ってます。データみたいに消えません」

「お父さんはなりたいものになれた?」
「父さんは、まだなれてない。でもその過程が大事なんだ。常に夢は持ち続けなきゃならない」

嫌味のないセリフたち。
けど、グッとくる。

そんな言葉たちを聞くことができ、本当に幸せでした。


ハナレグミによる音楽も素晴らしかった。
映像に綺麗に寄り添っていて、口笛の音楽なんかもすごく良くて。
そして、ラストの映画主題歌「深呼吸」。これはもう、たまらんです。沁みました。


また、自分の住んでいるところから、4〜5駅の清瀬が舞台になっていたのも嬉しかった。
フラッと行ってみようかな。


決してお涙頂戴的な演出もないし、家族がまた再び絆を!みたいな映画じゃない。
壊れた関係は、二度と元には戻らないし、カチコチに固まってる。
劇中で出てくるカルピスの原液と水を凍らせただけのアイスみたいに。
でも、スプーンでグルグルすれば、少しは食べられる。ちょっと溶ける。
本作はそんな、本当に微妙な変化を丁寧に描ききった傑作です。


「そして、父になる」「海街diary」よりもさらに淡々としているので、見る人は選ぶかもしれません。
でもこの映画は、年を重ねるごとに響いてくる作品なんじゃないかな。

今後、自分が旦那さんになった時。
今後、自分がお父さんになった時。
今後、自分がおじいちゃんになった時。

いつになるかはわからないけど、
そんな節目節目に見返したくなるような、心に染み渡る作品です。


とりあえず、おじいちゃん、おばあちゃんに会いに行こうかな。
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